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春の夜は肌寒い。
月はカーテンをきっちりしめる。パソコンの前を陣取っていた死神が、突然声を上げた。
「おい、月。文字が変わったぞ?」
「それは、誰かが入室したってこと。」
そう説明して、彼はイスを引く。青年の瞳に、ディスプレイの光が反射した。
「じゃ、僕も入室しようかな。」
〜〜チャットルーム〜〜
たろうさんが入室しました<<<
ジョーカーさんが入室しました<<<
道化師さんが入室しました<<<
名探偵さんが入室しました<<<
カプリース・チャットルーム
道化師<<レディズ・アンド・ジェントルメン!今宵は誰が俺のお相手をしてくれるかな?
あ、やっぱ男性はいいや、女性だけ俺に話しかけてください(笑)
名探偵<<道化師さん、おひさ〜
たろう<<また道化師がへんなこといってるよ(笑)
ジョーカー<<道化師さん、いいかげん男女差別はいけないと思います(笑)
たろう<<いやいやいや、道化師のいいところはあの壊れっぷりだよ。
道化師<<ひでぇなたろう!俺はいつだってまともさ!
これじゃ、またわからない。
月はため息をついて、イスに背を預けた。キイ、と背もたれが軋む音。
『私がよく行くチャットルームです。夜神君もぜひ、来てみてください。』
無表情男から言われたチャットルーム。
かならずあいつはここにくる。
自分のことを知ろうとやってくる。
あわよくば、キラであるしっぽがでていないかを確かめるために。
異様なまでの執着心。
かならずあいつはここにくる。
そう信じて、彼はここに通いつめている。
奴から情報をひきずりだすために。
こんなことで、無理なのはわかっているのに。
名探偵<<そういえば、キラの事件。今すごいよね〜。
たろう<<ああー、あれねー。でもあれって、警察の自作自演だって噂だけど?
道化師<<ちがうちがう!きっとどこかの秘密組織が殺したと見せかけて犯罪者
集団をつくってんだよ!
ジョーカー<<すごい飛躍想像ですね(笑)道化師さん
たろう<<奴の飛躍度は世界大会を超えるからな。
道化師<<オリンピックでは新記録をだした(笑)
こんなのでわかるわけがないか……
チャットルームに入室しているもう一人。
世界で今もっとも注目されている殺人犯に挑戦状をたたきつけた男。
名前ではない。だが彼は、基本的にLという呼び名で通っていた。
これで夜神月がキラであるかどうかの判断材料をみつける…。
それにはまず、このメンバーの中から夜神月をみつけなければならないのだ。
名探偵<<でもあれって、すでにLがキラを追い詰めてるって噂だよ〜。
たろう<<名探偵って、いっつもその情報をどこから仕入れてくるの?
名探偵<<企業ひ・み・つv
道化師<<そんなことより俺は名探偵のスリーサイズが知りたいなv
名探偵<<あたしの情報料はたかいわよ〜
ジョーカー<<でも、Lが追い詰めてるとしたら、なんでニュースで流れないの?
この質問、Lだったらどう答える?月は身を乗り出した。
この質問、キラだったらどう答える?Lは画面に食い入った。
ジョーカー<<もしかして……もうキラのニュースは古いとか!?
道化師<<そうだよ!今は俺の時代だ!さあ、みんな敬え!(爆笑)
名探偵<<きっとニュースの人たち手を抜いてるんだよ〜
たろう<<道化師<馬鹿がいるよ、ここに(笑)ちがうちがう、警察が電波妨害してるん
だよ
って、まともに答えるわけないか。月は頬杖をつく。
まじめに見た自分が馬鹿でした。Lは身を引いた。
名探偵<<でも〜、キラとLってどんな関係なのかな〜
ジョーカー<<どんなって、、、犯罪者と探偵?
たろう<<あ、もしかして…名探偵さんLだったり!?
道化師<<よぉし!キラに報告だ!
たろう<<お前の知り合いにキラがいるのかよ(笑)
ニュース特報さんが入室しました<<<
ニュース特報<<本日のニュースです。Lとキラの結婚が決まりました。
ニュース特報さんが退室されました<<<
思わず、月の手から顎がずり落ちた。
Lは半眼で携帯を取り出した。
名探偵<<え!?誰、今突然入室してきた人!?
たろう<<ただの荒らしじゃない?
道化師<<大変だ!俺のキラが!!
たろう<<いつからお前のものになった!?っていうかキラは女性なのか!?
名探偵<<ちがうちがう、キラはきっと受けなんだよ〜
ジョーカー<<受けってなに?
「アイバー。お前、いまチャットをやっているだろう?」
Lが電話をしたのは仕事仲間の一人。
相手は笑いながら、
『What?ワタシ日本語ワーカリマセーン。』
「ふざけるな。」
『カタイこといわない、いわない。チャットは大人数のほうが楽しいしよ?』
「……いまのニュース特報も、お前がやったんだろう?」
『なにいってるんだ?俺はこのメンバーのなかにいるのにどうやって別名で入室するんだ
よ?』
「別のウインドウをもう一つ開いてそこから違う名前で入室したろう?」
『ご想像にお任せします。』
たろう<<結婚は飛躍しすぎ〜
道化師<<俺の飛躍想像を遥かに超えられてしまった……ショック……
名探偵<<がんばって新記録つくって!
ジョーカー<<受けってなに!?スルーしないでよ!
道化師<<純粋無垢なジョーカーを汚すことなど俺にはできない!だから教えられませ
〜ん
「今すぐ出て行け。」
Lは低い声で言うが、相手は鼻で笑うだけだ。
『でも、結婚したいんだろう?』
「なにがだ?」
『キラとさ。』
「馬鹿馬鹿しい。」
『君の執着心はまるで恋をしているようだ。相手に踏み込み、相手を支配することを望み、相
手をとことん踏みにじる。恋愛とどうちがう?』
「もう切るぞ。」
『キラが女性であることを祈るよ!男性だったら禁断の道に踏み込むことに……』
馬鹿な言葉が終わる前に、Lはさっさと電話を切る。
「月、顔が赤いぞ。」
「な……!?」
彼はあわてて顔に手を当てるが、熱くなっている様子はない。
「……なんだ?あいつに組み敷かれる所でも想像したか?」
騙せたのをいいことに、くくくくっとリュークが笑う。その言葉を聞いて、急速に熱が顔に集まっ
ていくのを感じた。
無視しようと、別のことを頭の中で思い浮かべる。
この中にいるとしたら、いっい誰だろうか?
彼か?彼女か?それともこいつか?
それともここにはいないのか?
もしかしたら見ているだけなのか?
別の時間にここに入室しただけなのかもしれない。
考えようにも、先ほどの言葉に一瞬想像してしまった自分の姿が頭から離れない。
「もう……寝る!!」
「じゃ、もうちょっと俺、やってるぞ。」
父の部屋から持ち出したもう一台のノートパソコンを見ながら、リュークが言った。
道化師<<そろそろ寝るー。おやすー。まったねー。
道化師さんが退室されました<<<
たろう<<さよなら〜、また来いよ〜
ジョーカー<<またね、道化師さん。
名探偵<<またキラの話しようね〜、今度はとびっきりの情報仕入れてくるから!
たろう<<だから名探偵はどこから情報を仕入れてくるの?Lのパソコンをハッキングし
てるとか?
名探偵<<ちがいますよぉ。Lっていう人物をよく知っていれば、おのずとわかることで
す!
たろう<<へえ。
名探偵<<あたしもそろそろ落ちますね〜。本物の名探偵さんから注意をくらったので
〜。ではでは〜
名探偵さんが退室されました<<<
ジョーカー<<本物の名探偵ってだれですかね?
たろう<<さあ
ジョーカー<<、、、、もしかしてたろうさん、名探偵さんのこと嫌い?
たろう<<いや、ちょっと知り合いだったんで
ジョーカー<<そうだったんですか。ところでたろうさん、一つ悩みを聞いてもらってもい
いですか?
たろう<<どうぞどうぞ。
ジョーカー<<恋、したことあります?
たろう<<ジョーカーさん、恋でもしてるの?
ジョーカー<<よくわかりません、、、
ジョーカー<<でも、そいつをみていると、守りたいなぁ、って気がしてくるんですよね。
ジョーカー<<いつも優秀で冷静沈着でなやつなんですが、自分の前だと子供っぽくなっ
たり、からかうとたまに顔をあからめたり。そういうの見てると、ああ、助 けてやりたいなぁ、まもりたいなぁって。でも、助けちゃいけないんです よ。自分。
たろう<<どうして助けちゃいけないの?
ジョーカー<<色々とあって、、、
もしもそいつに何かあったら、口では平気なこといってるけど、なにする
かわからないんですよ、自分、、、、
電気を消して数分後、小さな寝息が死神の耳にはいった。
ディスプレイから目を移せば、普段の凛々しい顔とはだいぶかけ離れた、あどけない寝顔。
寝たばかりなのに、布団から腕がはみ出ている。
春の夜は肌寒いんじゃなかったのか?死神はノートパソコンを置くと、慣れた様子で腕を入
れてやった。そうとは知らず、彼は寝返りを打つのみ。
リュークはLと、先ほど顔を赤らめた月のことについて考えた。
Lの存在は、キラという存在を脅かすうんぬんはさておいて、自分にとっても脅威になるような
気がした。それは、春の夜に唐突に吹く冷たい風のような予感。
たろう<<ジョーカーさん。どうしましたー?レスとまってますよー。
ジョーカー<<すみませんでした。ちょっと、、、、、
たろう<<いえいえ。さっきの話だと、ジョーカーさん、そりゃ恋ですよ。完全に。
ジョーカー<<そうですかね?
たろう<<そうですよ。自分も気になる相手がいますけどね。やっぱ恋って甘いだけじゃ
ないんですね。自分は甘いもの好なのに(笑)ちょっとつらいです。
今までのメンバーで、誰が夜神月だったのだろう?Lは頭をひねる。
名探偵はあの馬鹿詐欺師だろう。いつの間にこのチャットルームを知ったのやら。
ではいつもジョークで人を笑わせる道化師?彼があんな話し方をするとは想像がつかない。
このジョーカーか?違うような気がする。
もしかしたら、ここには来ていないのかもしれない。それもありえた。
どちらにせよ、これで推理するのも馬鹿らしい。腹の探りあいどころではない。
夜神月。彼のことについて考えた。
監視カメラで見た彼は、なんてつまらない人間だろうと思った。
だが実際会ってみて。
彼と話をして。10%にも満たない推理論を振りかざし。彼の横顔を見つめるたびに。
湧いて出てくる執着心。
春の夜に唐突に吹く暖かい風。
そうそれは、まるで恋のように。
そこまで考えて、Lは首をふった。これではアイバーに馬鹿にされても仕方がない。
ジョーカー<<そっかぁ、たろうさんもいるんだー。実はもう一つ不安なことが。自分が気
にしているやつに、最近変な奴がつきまとっていて、、、
たろう<<自分もですよ。気になってるその人、なんだか二人きりでいても誰かを気にし
ているような様子なんですよ。なんとなく、ですけど。
ジョーカー<<そっかー。あ、そろそろ落ちますねー。色々聞いてくれて有難うございまし
た!
たろう<<いえいえ、それじゃまた。自分もそろそろ寝ます。
ジョーカーさんが退室されました<<<
たろうさんが退室されました<<<
ネットの向こうではかすかな本音と大嘘を交え。春の夜には貴方を想う。
それがまだ恋だとは知らずに。
けれど貴方は眠るだけ。
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