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チェンジ
チェンジ
「スリーカード」
「フォーカード」
チェンジ
チェンジ
「スリーカード」
「フルハウス」
チェンジ
チェンジ
「ほんっとリュークって運ないね。」
「……まだカードは出し合ってないぞ。」
「はい、ストレート」
「………ほんっとお前は死神に愛されてるな。」
貴方の手札はなんですか?
「……なんか今日お前、機嫌悪いか?」
リュークの問いに、僕は答えずにカードを集める。
機嫌が悪いだって?頭の中で反芻する。機嫌が悪い?
悪いに決まってる。今日、あんなことがあったのに!おまえはいいよな、みてるだけだから。
「別に。」
それだけ言って、僕はカードをきりはじめた。
「……まさか、まだやる気か?」
「そうさ。まだやるよ僕が満足するまでね!」
「もう寝たほうがいいんじゃないか?」
「ご心配には及びません。明日は休みなんでね!」
呆れたようにリュークが僕のベットの上にねっころがった。人のベットの上で寝るな。僕の前
に座れ。まだ勝負は終わってないぞ。
「……あー、わかったわかった。俺の負け。俺が悪かった。だから休ませてくれ……」
「そんなこと僕はゆるさない。さあ、座れ。ほら、カード配ったぞ。」
「じゃあいい加減、ポーカーから離れないか……?」
「いやだ。ポーカーがいい。早く座れ。」
「Fold」
「ソレを使うな!アレを思い出して腹が立つ!」
僕は下に敷いていたクッションを投げた。ばふっと彼の頭にクリーンヒットする。
じゃあどうすればいいんだ?リュークのつぶやく声が聞こえる。
そんなの僕が満足するまでゲームに付き合うに決まってるだろ!
転がったクッションを引き寄せ、どかっと座り込んだ。
ああ、ホントに腹が立つ。
いつあいつを殺してやろうか?
こんなことがあった。
「それにしても、なんだかね……」
今日の午前5時。某ホテル。
「なんでしょうか?月君。」
顔の筋肉を極端に使わない、猫背の体育座り男。
「世界がこんなにもキラ逮捕に注目してるというのに、捕まえる当の本人が……」
部屋の中には二人だけ。テーブルを挟んでカードの出し合い。
「ポーカーを楽しんではまずいですか?」
捜査に協力してもらいたい。そんな名目上で来たにもかかわらず、僕らはカードを楽しんでい
た。
「まずいね。ものすごいまずいね。」
僕は笑った。ふむっと彼がうなって。
「スリーカードです。」
「ファイブカードだ。」
また彼はうなった。
「……どうも月君は、死神に愛されているようです。」
そりゃどうも。お世辞はいいからさっさとカードを集めて切れよ。
「死神といえばキラのことですが……」
「竜崎の話はキラばっかりだね。」
「ええ。ポーカーだけを楽しんでいては世界の皆さんに失礼ですから。」
竜崎、いや、Lはカードを切りながら、
「『死神は林檎しか食べない。』……月君はこれをどう思いますか?」
「林檎ねぇ……」
また始まった。騙しあいの化かしあい。
お前は10%以下の推理論で、僕をキラだと決め付ける。
「林檎で連想するのは罪の象徴かな?」
適当なことをほのめかす。当の死神は天井のシャンデリアが気になるのかしきりに電球の数
を数えている。
無論そんなことは知らず、Lはカードを配り始めた。
「では、キラは罪の意識にでも駆られているんでしょうか?」
「あるいは、自分の住む土地が林檎の産地だからだったりして。」
「なるほど、面白い発想です。可能性の中に一つ加えておきましょう。」
「それはどーも。」
配られたカードを手に取ろうとすると、Lがそれを止めた。
「変わったポーカーでもやりませんか。」
「?」
「インディアン・ポーカーをご存知ですか?」
聞いたことがない。首を振ると、竜崎は自分の手札を見ずにカードの額の前に掲げた。つま
り、僕には丸見えの状態だ。
「月君も同じようにしてもらいます。つまり、相手のカードを見ることはできますが、自分のカー
ドを見ることはできません。見ている間はなにを言っても構いません。嘘を言おうが、ヒントを与 えようが。」
なるほど。腹の探りあいが大好きの僕たちにはぴったりだ。
僕も同じようにした。……なんだかかっこわるい気がするのは僕だけだろうか?
「今度は何か、負けた相手が勝った相手になにかをするというのはどうでしょう?」
「それはいいね。なににする?」
「もし、月君が勝った場合には私の本当の名前をお教えしましょう。私が勝ったら、月君がキ
ラであるかどうかを白状してもらうというのは?」
おもしろくなって、僕はにやりと笑った。
「そんなのダメだよ。」
「何故です?嘘しか教えられないからですか?」
冗談か本気かわからない表情で、Lが言った。僕は空いている手をひらひらと振りながら。
「だって僕はキラじゃないから竜崎の名前を知ったって意味がないし。」
「………わかりました。では負けたら勝った相手の言うことを聞くということで。」
こうしてゲームが始まった。
相手のカードはワンペア。はっきり言って弱い。
そして奴はこんなことを言ってきた。
「月君。チェンジをするか、降りることをおすすめします。」
なるほどね。
僕はひとつ勝負に出ることにする。
僕のカードは強いのではないかと。
こう考えたのにはわけがある。
まず相手は僕のカードを見たとたん、勝った後の条件を出してきた。一見僕の手札が弱そう
に考えるが、相手だって馬鹿じゃないはずだ、そのことまで考慮しての発言だろう。
だが奴はその条件で、負けても自分の腹が痛くないルールを持ち出してきた。どうせこいつ
は自分の名前を教える気などないのだから、そんなの意味がない。次に持ち出してきたのはな んとも曖昧な内容だ。そして極め付けが『チェンジorフォルド』フォルド……つまり降りろというこ と。『その手札のままだと負けるんじゃないか?』の意味合いと『その手札のままだと自分が負 けてしまう』のどちらかの理由で言ってきたに違いない。それは、僕の手札が強いか最弱かを 表している。
どちらか選べといわれれば、僕は自分の手札が強いと賭ける。もちろん、そうではない可能
性も十分考えられるが、別に構いはしない。ただのゲームなんだから。
「そうかい?じゃあ僕はこういってあげるよ。竜崎、その手札はそのままのほうがいいよ?」
すました笑みで、僕は言ってやった。さあ、どうだ?チェンジをするか?
「そうですか。では私の手札はこのままで。」
いいやがったなこの野郎。後悔してもしらないぞ。
と思いかけたその時、Lはあっさりこう言った。
「Fold。」
はあ?降りるの?
僕が訝しげに眉をひそめていると、Lはめったに見せない笑みを浮かべて、
「このままだと月君が可哀相ですので。」
なんだそりゃ。僕は自分の手札を見た。
眩暈がした。怒りのためだ。
「その手札を掲げながら強がる様子は、とても可愛らしかったですよ。」
まるでおもちゃの剣を振り回す子供のようで。奴は続けた。
僕の手札は。
見事なまでの役無し……ブタだった。
一気に顔が熱くなる。優雅に砂糖だらけの紅茶を飲むLを睨み付け、
「……僕の手札を見た後で追加ルールを出すのは卑怯じゃないか。」
「ええ。ですから私は降りたんです。」
「………もしも僕がチェンジをしてたらどうするつもりだったんだ?」
「ええ、だからさせないために、『チェンジをしたほうがいい』と言ったんです。強いか最弱か。
貴方が選ぶとしたら、きっと強いほうを選んだでしょう。」
「…………もし、僕が降りていたら?」
「それは有り得ません。」
彼は言い切った。
「貴方は負けず嫌いだ。そう、まるでキラのように。」
僕はいつもの冷静な顔に戻る。もちろん、頭の中は怒りで煮えたぎっていた。
「僕はキラじゃないよ。殺人犯を例えに出されるなんて不愉快だ。」
「これは失礼しました。それで月君、貴方の勝ちですよ。私はなにをしたらいいでしょう?」
「別にいいよ、僕の負けで。」
Lはカップを置いた。それはまるで、予想していた答えだといわんばかりの表情だ。
「本当によろしいんですか?」
「ああ、いいさ。掃除でも洗濯でも料理でも。なんでもやろうじゃないか。」
「それでは。」
Lが立ち上がった。ぺたぺたと僕に近づくたびに、素足の足音が聞こえた。不健康そうな顔を
近づけて、
「目を閉じて。」
うん?なにをする気だ?まさか小学生じゃあるまいし、油性ペンで落書きとかいいだすんじゃ
ないだろうな?だが彼の手にそれらしきものはない。
きょとんとしている僕に焦れたのか、Lは右手で僕の目を覆った。目の前が暗くなる。
「上を向いて。」
……なんだか嫌な予感がした。
これじゃまるで、キスを待つ女の子じゃ……。
「ちょ……なにをする気だ!?」
「怖がらないで。」
優しく言われてむっとした。僕が怖がってるだと?そんなことはないさ、なんだたかがキスぐら
い。男同士のキスなんて、中学生のとき罰ゲームでやったさ!
そんなことを考える自分はそうとう混乱していたのかもしれない。僕は上を向いて、やってくる
唇の感触を待った。だが、キスはとんでもないところにされた。
彼は僕のワイシャツに手を掛けた。襟を乱暴に掴むと、何かが切れる音がする。ボタンが取
れたらしい。あらわとなった僕の首筋にLは唇を押し当てた。
驚いて僕は彼を押し返そうとしたが、しっかりと掴んだ襟首をLは離そうとしない。突然、男の
凶暴性を曝け出したLに、気持ち悪いというよりも、恐怖が全身を駆け巡った。
怖い!女の様な口調で思わずつぶやく。それを聞いたからというわけではないのだろうが、
彼はぱっと僕から手を引いた。
まるでちょっとした遊びでしたといわんばかりに、彼は両端の唇を吊り上げ、
「冗談です。怖かったですか?」
ワイシャツの襟元を触ってみる。ボタンが取れたのは1、2個だけだったらしい。
「すみません。まさか貴方がこの程度で怖がるとは思っていなかったので。」
彼は声に出す笑いをこらえている。本日二度目、顔に血が上った。
「お……おまえ…は!」
「はい?」
「僕のこと……からかったのか!?」
「あれ、もしかして。愛情のないキスはお嫌いですか?大丈夫。私はあなたが好きですよ。」
けろっと。
そりゃあもうあっさりと。
この変態男はそう告白した。
「…………………。」
「って言ったらびっくりしますか?」
こいつ、殺す!デスノートに書く前に首絞めて殺す!
「まあ、冗談じゃないんですけどね。」
……………………。
「別にあなたが嫌いでも、私は貴方が好きです。ジョークだと思って受け取ってください。」
それで話は終わりだというように、彼はまた向かいのソファに戻った。散らばったカードを集
め始める。
落ち着け。落ち着くんだ僕。僕ならできる。はい、息吸ってー、吐いてー……
よし、いつも通りの僕だ。
僕はにっこり笑いながら、
「僕も竜崎のことが好きだよ。」
「耳がまだ真っ赤ですよ。」
嗚呼。
久しぶりに衝動だけで人を殺そうと思っちゃった。
「でも、月君がそういってくださるとはうれしいです。なんなら私たち、お付き合いしますか?」
僕を殺人犯と疑ってやまない名探偵は、食事に誘うかのようにそう言った。
「…本気なのか?月。」
「なにがさ?」
カードを挟んで向かい合い、リュークは聞いた。
「だから…あいつと付き合うって。」
「そうさ。男同士だからって関係ない。あいつから情報を聞き出せるなら、恋人にでも何でもな
ってやるさ。」
「あいつホモかもしれないんだぞ?」
「構うもんか。いや、あいつのことだ!きっとなにか裏がある!」
「お前、ホモか?」
「ぶんなぐるぞ!」
「まあ、いいんだけどさ…。俺がいいたかったのはそいういうことじゃなくってだ。」
「なにさ?」
「お前、女役になるんだぞ?なったことあるのか?」
ばんっとカードを叩きつけ、僕は怒鳴った。
「まだ僕がなるとは決まってないだろ!?」
「じゃああいつが女役になるのか?」
「なってもらうさ!無理やりにでもね!」
「あれだけ押されぎみでまだそんなこといえるのか、お前……」
呆れた。リュークがつぶやくが、僕は構わない。
「だって!僕……そんなことできないし!」
「じゃあ、やめとけ。これはおまえのためを思っていってるんだぞ。」
「リュークは黙ってて!口出しするなよ!」
「じゃあ、聞くぞ?なんでお前、絆創膏しないんだ?」
………はい?なんの話?
「……やっぱ気づいてないのか。もしかして、キスマークつけられたことないとか?」
……………。
ばっと今日唇を押し付けられたところを押さえる。
あいついつの間に……。
つまりあれからずっと僕はこれを周りに見せていたことになる。
「普通、つけるだろ。首にキスされたなら。」
「な………」
本日三度目の赤面。
「なんで言ってくれなかったんだよ!!」
伏せたままだった僕の手札を、リュークがはらりとめくってみた。そこにあるのはクイーンのワ
ンペア。
「まあ……俺はあれだな……」
リュークは自分の手札を見せた。
「必要ないってことで……」
そこにあったのは、見事なまでの『役無し』だった。
けれどこの恋は甘くはならない。貴方は罪を犯しているから。ただでさえ計算尽くされた恋なんて、苦いだけなのに。
さあ、あなたの手札をみせてください。
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