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かりかりかり
かりかりかり
窓から吹き込む夜の風。
かりかりかり
かりかりかり
ペンがノートをひた走る。
恋人は愛の言葉を囁いても
死神リュークはその様子を、じっと深淵のような瞳で見つめていた。少年というには齢がいき
すぎている、青年というには幼さが残る、中性的な顔つきの彼は、飽きることなくペンを動かし 続けていた。
と、唐突にペンを止めた。月は顔を上げるとゆっくりとした動作で後ろにのびをした。涙交じり
の欠伸をする。
「終わりか?」
「いやいや、もうひとがんばり。」
リュークの問いに、月は凝り固まった首を回しながら答える。今の期を逃せば今日はもう話す
ことができないかもしれない。リュークは思い切って尋ねた。
「楽しいか?」
月がくるりと椅子を後ろに回した。にやりと笑って、
「それは学校生活のこと?プライベート?それとも人生についてかな?」
「茶化すな。」
「楽しいというのは間違いだよ、リューク。僕はこれを、ある意味義務として行っている。義務
を楽しんじゃいけない。いずれ飽きるからだ。まあ、つまらなくはないよ。僕がもうひとがんばり することで、世界のゴミは確実に減っていくんだ。」
不条理ともとれるその言葉を、彼はなんの迷いも躊躇いもなく言いのけた。こんな奴が成績
優秀の人生トップコースを歩んでいるのだから、神様というのは色々な意味で平等なのかもし れない。もっとも、リュークが聞きたかったのはその先のことだ。
「Lとの恋愛ゴッコも楽しいのか?」
「楽しいね。有意義とはいえないけれど。」
返答は即答だった。テンポよく死神は聞いていく。
「殺すか殺されるかの関係だぞ。」
「それも違うよ、リューク。僕が死刑台にあがることはありえない。悲しきかな、僕は恋人をこ
の手で殺さなければならないんだ。ま、自分の手じゃないけどね。」
「じゃあ、あの松田とかいう男とは遊びか。」
「遊びとは失礼な。戦略的接触とでも言ってもらいたい。確かに『その場のノリ』で付き合った
みたいなものだけど。だって、優しいんだ、彼。誰だって優しくされたらうれしいだろ?」
月はあくまで強気だ。冗談と本音を交えながらけして本気で答えるつもりはないらしい。もっと
も、嘘を入れているということもないだろう。彼はリュークに嘘をつくことはあまりしない。
「松田のことは好きなのか?」
「嫌いじゃないね。好きかもしれない。」
「じゃあLに言った『愛してる』は?」
「嘘じゃないさ。『アイシテル』。」
「じゃ、Lは殺さないのか?」
「殺すよ。」
ようやくそこで、リュークの質問攻めが止まった。今の台詞をよく頭の中で反芻して、そして聞
き返した。
「………はあ?」
「だから、殺すよ。」
「愛してるんだろ?」
「うん、アイシテルけど殺す。」
「愛しているから殺すとかじゃなくてか?」
「リューク、君、耳掃除してあげようか?」
「だっておかしいじゃないか。そういうのは愛しているとはいわない。」
「またまた。なに死神が人間の恋愛語っちゃってるのさ。」
月は背もたれによりかかり、腕を組んだ。相変わらず顔は不敵な笑みを浮かべている。
「あのね、僕は世界をいい方向に向かわせようとしてるんだ。それなのに一個人の理由によ
って敵を殺せないなんていけないよ。そう、たとえそれが恋人だったとしても。よく言うだろ? 『仕事とプライベートは分けなさい』って。」
それは虚勢ではないだろう。でなければ、今の今まで愛情確認の電話をしてきた相手と話し
ながら、殺人を犯すはずがない。月のペンは、機械越しに愛の言葉を囁いた時でさえ握られて いた。
「それにあいつだって、僕がキラだとわかれば速攻で死刑台に蹴り倒すに決まってる。この恋
はけして甘いものじゃない。それをお互い分かっていて付き合ってるんだ。だから僕は敬意を 持って、あいつの名前をノートに書くことにする。」
「そんなに割り切れるものか……?」
ぼそりと、リュークが思わずつぶやいた。ここでようやく月は不機嫌な表情を浮かべ、
「なにさ。僕は神としても恋人としても役不足だといいたいのか?」
「お前のことじゃない。」
リュークはため息をつく。わかってない。こいつは本当にわかってない。
「お前…いつか痛い目みるぞ。」
「なにそれ?」
「男の執着心を甘く見てると痛い目みるぞってことだ。」
不機嫌な顔から一気に笑顔にもどり、月ははははっと声を上げた。
「はあ?なに言ってるんだよ。僕も男だよ?男の恋心はわかってるつもりさ。だいたい、こん
な遊びの恋に執着するほど、彼らは馬鹿じゃないよ。」
ほら、分かってない。
あの男の執着心を、お前はぜんぜん分かってない。
「……だと、いいんだけどな。」
「なんだよ、変なリューク。まるで僕が説教を受けてるみたいじゃないか。もしかして、軽蔑し
たとか?」
わざとらしい悲しみの眼差しを向ける月に、リュークはいつもの調子に戻り、
「軽蔑してるとしたら、今更じゃないか?」
「そりゃそうだ。さて、質問はこれでおしまい。僕はもうひとがんばりするよ。」
月は椅子を戻し、リュークに背を向けた。
愛の言葉を囁いても、けしてそれが同じ意味合いだとは知らずに、恋人たちは語り合う。
笑えない喜劇を、死神はただ見つめるだけ。
たった一人の観客に、この劇はまだまだ続きそうだ。いや……
「あるいは俺も、その劇の一員か?」
「は?なに?」
月が振り返る。なんでもない、それより林檎をくれ。死神の台詞に、彼はやれやれと肩をすく
めてみせていた。 貴方の愛していると私のアイシテイル。言葉は同じでも内容は違う。私は貴方の恋の導火線に火をつけただけ。でも きっと火の手は私にも襲い掛かる。それを知らずに、この愛情劇はまだまだ続きそう。
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