こんな私は馬鹿でした*

 時計を見れば11時。髪の毛をかきあげて、Lは欠伸をかみしめる。
 自分の上着はどこへやっただろうか。散らばった衣服を見回したが、それらしきものが見当
たらない。おかしいなと探していると、それはソファの上にあった。
 あったはいいが、取ることはできそうになかった。というのも、それは白い四肢の下敷きにな
っていた。
 ソファを独り占めする美しい青年。それを褒め言葉にすれば、それは男に使うものじゃないぞ
と口を尖らせる。だが今は、文句を言う気配もなくすっかり寝入っている。衣服を一切纏わず、
毛布一枚で下肢を隠し、Lの上着をしっかり掴んで離さない。まるで赤子のようだ。唇の端を吊
り上げ、思わず笑ってしまう。寝るとあどけなさが残る表情を見つめ、そっと彼の唇を指でなぞ
った。
 「ん………」
 月の口から漏れたのは、甘い鼻につくような声。
 この唇が嬌声を上げるたび。
 煽るように喘ぐたび。
 支配したい。
 そう考えている自分はそうとう彼の虜になっている。
 陶器のような素肌。鎖骨や首には、自分のモノだという赤い印。
 もう一度付けなおそうと、彼の首に顔をうずめた時だった。
 ドアをノックする音。
 ワタリか?Lが眉をひそめると、ノックをした主がこういった。
 「竜崎?いないのか?」
 「え!?」
 思わず聞き返してしまってまずいと思った。声を上げてしまってどうする自分!!
 「なんだいるのか?開けてくれ、忘れ物をしてしまった。」
 その声は。
 今日は家に帰るといっていた。
 だが間違えるはずもない。
 今しがた組み敷いていた相手の父親。
 夜神総一郎。
 まずい。
 まずいまずいまずい!!
 なにがどんな風にまずいかと言えば。
 総一郎ははっきり言えば、親馬鹿だ。
 なにがどんな風に親馬鹿かと言えば……。
 例えばこんなことがあった。
 月がうっかり首に残した自分の印を見せてしまったとき。
 あの男は息子の肩を揺さぶってこう叫んだ。
 『誰だ!?お前をたぶらかした男は!!』
 男。
 父ははっきりそう言った。なんと鋭い奴だろう。その時、月はうまく立ち回った。苦笑をもらし
ながら、
 『なに言ってるの?父さん。大学生なんだから、僕にも彼女ぐらいいるよ。』
 そう受け流した。だが総一郎の疑いの眼差しは、はっきりとLに向けられたのを覚えている。
 Lははっと立ち上がってその部屋を見た。
 積み上げられた資料。つけっぱなしのパソコン。散らばった衣服。独特の匂い。ズボンだけ
の自分。白い四肢をさらけ出す月。上着は彼の腕の中。胸の赤い痕。そして総一郎はドアを挟
んだすぐ向こう。
 まだ逃げられる術はある。とにかく自分の上着だけは取り返そうと月の腕に絡まった布をひ
っぱった。
 「ああ、朝日さん……ちょっと待っててもらっていいですか?」
 「なんだ?鍵なんか掛けて。今入ったらまずいのか?」
 「ええ、そうなんです!今はちょっととりこんでいるのでまた後で……」
 「やぁ、もう……!」
 沈黙。
 なにが気に食わなかったのか、月が寝言を言った。ようやく半分までひっぱりだせた上着を
また自分の腕の中に引き込んでいく。これ以上無理やり取れば、もっと大声を上げてしまうか
もしれない。
 「……誰か中にいるのか?」
 「………ええっと……」
 上着はあきらめて、とにかく月を起こさなければならないと肩を揺さぶった。
 「月君、起きてください!ライ……」
 「なんだ?月がいるのか?」
 なんて地獄耳の男。
 「いえ、いませんよ!」
 声が情けなく裏返った。
 起こすのもあきらめよう。とにかく彼に衣服だけでも着させなければ。散乱した衣服を手に取
り、広げた。そして思い出す。
 『月君。手を後ろに……』
 『ってちょっと……なに……ぁ…』
 『強姦ゴッコ』
 『も…ばかぁ…』
 馬鹿でした。刹那の快楽をもとめたあの時の自分を殴りたい。ぶん殴りたい。彼のシャツは
見事に破れていた。
 「おい、竜崎。」
 「忘れたものはなんでしょう!?今すぐ見つけますので言ってください!」
 「いや…だから…入れてくれればすぐに見つけて帰るぞ。」
 だから、入れられないんだってば!
 Lは考える。もしこの現場をあの父親が見たとしたら?
 まず、問答無用で首を絞められる。
 以上。
 いやいやいや!いくら石頭の総一郎でもいきなり絞殺はしないだろう!
 たぶん……
 では、いいわけする余裕を与えてくれるだろうか?
 いいわけするとしたらなんと言えばいい?
 私たちは愛し合っているので交際を認めてくださいお義父さん!
 おそらく速攻で射殺される。
 むしろそれは言い訳ではないだろう。
 「……まさか……本当に月がいるんじゃないだろうな……?」
 「だからいませんってば!」
 だから声が裏返ってるってば自分!
 おろおろおろおろ。ズボン姿の馬鹿がここに一人。ソファに眠る恋人は、事の重大さにまった
く気づいていない様子で夢の住人だ。
 その時だ。救いの神が現れた。
 「お忘れ物というのは、こちらのことではないでしょうか?」
 慇懃な口調。ワタリだ。おそらくドアの向こうでは、穏やかな老人が総一郎の相手をしている
に違いない。
 「ああ……確かにこれだが……どこにあったんだ?」
 「ホテルのロビーにございました。竜崎は今、取り込み中でこざいます。御用がありましたら、
私がお受けいたしますが?」
 しばらく彼は黙っていた。やがて、
 「いや、別にいい。また明日来るからその時に話を聞こう。」
 ……それはつまり、明日までに言い訳を考えておけという遠まわしな脅迫なのだろうか?
 だが、現場を見られるよりは遥かにましかもしれない。
 「んん………」
 愛しい愛しい恋人は、未だに目を覚ますことなく寝返りを打った。
 やっぱりいつもの座り方をしていないと調子がでないなと心中で思いながら、ワタリに礼を言
うべくドアに向かった。鍵を掛けていたことは幸いだったかもしれない。これからもそうしよう。ド
アを開ければ見慣れた老人が、何故かとても悲しそうにこちらを見ていた。
 なんだ?なんでそんな、今から処刑台に向かう囚人を見るような目で見るのだ?
 ワタリは何も言わず、こちらに背を向けた。かわりに、
 「さて、竜崎。一体どういう現場になっているのか見せてもらおうか?」
 ……………。
 ………………………。
 あら。
 帰っていらっしゃらなかったんですか、お義父様。
 そんなドアの横にへばりついて、こちらが開ける瞬間を狙ってたなんて……。
 「じっくり話し合う必要があるみたいだな、竜崎。」
 Lは天井を仰ぎ見た。
 もしかしたら自分は。
 キラと勝負をつける前に、同僚に射殺されるかもしれない。
 その可能性は大だった。



あとがき
 一言で言うなら馬鹿な話を書いてしまいました。
 とりあえず、これが初めての性表現つき小説ということで。
 Lが馬鹿になってますね。いや、いつもの座りかたしていないからこんなんなっちゃったってこ
とで。え?この後どうなったかって?とりあえず月君が起きない程度にパパンがLをぶん殴った
ということで……。翌日、月君は何も知らずに大学にいったとさ(笑)


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