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知性的な顔つき。
柔和な笑顔は周りを和ませ。
美しさは『優男』と表現するには適していなくて。
きっと学校では、彼を中心に人が集まるのだろう。
そんな彼を。
あの男は独り占めした。
許せないと思っても、自分にはどうしようもなかった。
自分はその男の部下で。さらに彼は局長の息子さんで。
たいした度胸もない、ちっぽけな片隅の人間で。
諦めていた。
だ・か・ら……。
深夜のファミレスの片隅の席の片隅で縮こまっている彼を見て、僕は非常に複雑な心境をせ
ざるを得なかった。
僕の目の前に座る彼は、普段の堂々とした物腰とは違い、きっと頭に猫の耳とか生えてたら
ぺったり折れている状態なのだ。あ、なんか想像しちゃった。
そんな彼に強気な態度で接せないのは訳がある。
今日が明日に変わる3時間前。
ビルとビルとの隙間にこの青年が、柄の悪い男たちに連れ込まれていくのを発見した。
本当に偶然だ。買出しに行かされてふらりと寄った大通り。
僕は慌てて、その後を追っていったわけなのだが……。
片隅でいいさ僕等の愛は
夜景の綺麗な街の片隅。
薄汚れたビルの片隅。
片隅には片隅らしい、人間の片隅にもならない連中が集まる。
「あっれー、君、男の子?細いからお兄さんたちわからなかったよー。」
「顔見せてよ、かぁお。」
「君いくつ?ちょっとお兄さんたちと遊ぼうよ。」
矢継ぎ早に言葉をかける男たち。ヤクザこぼれか単なる不良か、大通りを歩いていたにもか
かわらず連中は力ずくで青年を路地に連れ込んだ。
月はげんなりしながら目をそらす。男たちはがっちりと、彼の周りを囲んで壁に押し付けてい
た。路地は大人二人が並んで通れるぐらいの、狭い道。人が通る気配はない。
「お、どうするどうする?天下のキラ様がカツアゲされちゃってるぞ。」
死神リュークが面白おかしく、月にそうはやし立てた。カツアゲ程度だったらいいんだけどね。
いやよくないか。月は今の現状を頭の中で整頓する。
男たちは3人→ここで助けをもとめる→叫んだら殴られそうだ
「顔上げろっつってんだろ?」
わざとドスのきいた声で、金髪の男が月の顎を持ち上げた。おお〜と残りの二人が声を上げ
る。
「やっぱスッゲー美人じゃん。」
「リュウさん見る目あるね〜」
「だろぉ?さっさとホテル連れ込んじまおうぜ。」
逃げる?→大通りまで17歩→通行人に助けを求める→目をそらしてた連中に期待し
てもムダ→相手は三人→二人自分よりデカイ→ここはあまり来たことのない街
「ほらこいよ。」
中でも一番図体のデカイ男が、月の細い腕を掴み、奥に連れ込もうとするので、この陣形が
崩れた。
この隙に逃げる?→やだ、むかつくし→デスノートに名前書いて殺す?→こんなゴミ
の名前はノートの片隅にも書きたくない
さて、現状の整頓
・相手は三人組である
・逃げることも助けを呼ぶことも出来ない
・むかつく
・デスノートには書きたくないっていうか書けない
結論
月はにっこりと腕を掴む男に笑った。少女のような笑顔に、男が一瞬怯む。
「なに笑ってんだてめああぁっぁぁああ!?」
脅し文句→悲鳴
その刹那、巨大な体が中を舞う。
はっと二人が後ろを振り向いたとき、女性のような細さの青年が巨体をひっくり返していた。
掴んでいた手を逆に捻り、後ろに仰け反った相手の脹脛を掬い蹴りしたのだが、前の二人が その結論に達する前に、月は倒れた小脇を踏み潰し、離していなかった腕を奇妙な方向に捻 じ曲げた。小気味のいい音と共に、男がさらに悲鳴を上げる。
「こいつっ!」
二人がかりで襲えばいいものを、異様な光景に金髪の男が拳を振り上げ突っ込んできた。月
がゴミのように巨体の男を離して金髪の拳をよけた。ついでに顔の横を過ぎる腕をとんっと押 して軌道変更してやる。狭い路地で突っ込んできたため、壁にぶつかりそうになった相手の頭 を掴み、力いっぱい壁に叩きつける。
「ちょ、ちょっっっっとちょま、ああまて、なんだなんだよあんたは!?」
地面でのた打ち回る二人に、残った男(リュウさんとか呼ばれてた)が言葉になってない音を
発している。仔猫だと思って近寄った相手は、とんでもなく凶暴な豹だということに今男は始め て気がついた。月はやはりにっこり笑って男の襟首を掴むとねじ上げて、叩き落す。
一分も経たない出来事が、以上。
「おお〜、すごいすごい。なんの体術だ……って月?」
倒れた相手の腕をねじ上げ、片足を背中に、残ったほうを二の腕に乗っけて、月はリューク
の言葉をスルーする。
「やっぱさ、あんまり来ない街だから関係ないけどでもこれから先見つかって仕返しとかされ
たらこまるしさ、っていうわけで覚悟はいい?準備万端?なにされても怒らない?はいはい、そ この人、立ち上がらない、この人の腕折っちゃうよ?いいの?はいそこもね。」
ハイテンションになった彼を止める者は誰もいない。みしみしと男の腕が軋みをあげていく。
「たたたたたたすけわるかったなにもしないだからっだだか……」
「ほんと?」
「ほんとだ!ほんとに……」
「あんたリュウさんとか呼ばれてたよね?」
腕にかかる重みが止まる。
「僕の知り合いにリュウザキってやつがいてね。いやぁ、奇遇だなぁ、貴方。」
「そそそうっすね。」
「殺したいほどむかつく相手なんだけどね。」
ぼきっと。
残った二人の耳に恐怖の音が入る。直後、男が悲鳴を上げた。月はずっと笑ったまま、
「なんつーかさ、あんたたちみたいなゴミが周りの一般市民を苦しめてるわけだ。そういうの
一番嫌いなんだよね。っていうわけで排除しようと思う。いいかな?」
「いや、だめだとおもう。」
それに答えたのは。
月が顔を上げると見たことのある男が一人。
呆然と、というよりは完全に腰が引いているが、精一杯勇気をだして警察手帳をだして。
「えっと……過剰防衛により…現行犯逮捕……」
殴って逃げる?→いやさすがにまずいだろ→だってだって、この人は……
松田だった。
月がぱっと男を放し、怯えたように、
「このひとたちが突然……」
「いやごめん見てた『なに笑ってんだこら』からずっと。」
ちっと月が舌打ちをする。
そしてファミレスのシーンに戻る。
とりあえず、僕等は救急車をその場に呼んでファミレスに逃げ込んだ。
深夜のためか、客はあまりいない。ウエイトレスが暇そうに、会計脇で立っている。
すでに時間は今日が明日に変わりそうな微妙な時間。
電車はもうないだろう。目の前でカプチーノの泡をかき混ぜている月君に、
「とりあえず、お父さんに……」
迎えに来てもらおうか、そういいかけると、月君がぱっと顔を上げて、
「え!?とうさ…父に……言っちゃうんですか……?」
敬語になりきれてない事を言っているところを見ると、相当混乱しているらしい。補導された
女子中学生のような瞳でこちらに訴えかけてくる。お願い、黙ってて。
現場を見たとき思わず現行犯逮捕などと言ってしまったが、夜神局長に言ったところで信じて
もらえるかという段階から疑わしかった。なんだかんだいって、あの人も親馬鹿だから。
そうじゃなくて、そういいかけてふと考える。
これはチャンスなんじゃないか?
彼と接近するのに、一つの秘密を共有する。
その秘密が重ければ重いほど、僕等は親密になれるんじゃないか?
それにはまず、もっと重大なことのように言わなければ。
「そうだね。3人を病院送りにした挙句、腕を折ったしね……。竜崎にも報告かな。」
竜崎という名前を聞いて、月君がぴくんっと肩を震わす。そしてじーっと苛められた仔猫のよ
うな瞳でこちらを見ている。
ああ、この名前でこんなにも敏感になるなんて。なんて忌々しい。
ふつふつと沸き起こる怒りの矛先が、いつの間にか月君に向けられる。
「君のお父さんも厳しい人だからね。まあ、僕からは今は何も言わないでおくよ。言うべきこと
はきっと君のお父さんが言ってくれるだろうから。」
しゅんっと俯いて、彼はカップを置く。
まずい。苛めすぎた?
冗談だよ、言おうと口を開きかけた瞬間、彼が立ち上がった。
「ちょっと…トイレに。」
目じりを押さえながら彼は小走りに行ってしまう。
………………やべっ(滝汗)
戻ってくる前に慰め言葉を考えないと……。
「あのやろおおおぉぉぉぉ!!」
トイレに誰もいないことをいいことに、月は個室の中でドアをぶん殴った。
がんがん殴りつけながら、
「ただの部下のクセに!父さんにも竜崎にもへこへこしている小間使いのクセに!僕がそん
なに悪いことしたか!?世間のゴミを排除しただけじゃないか!それをあの男おおおぉぉ!」
たぶん、ガラの悪い連中=世間のゴミとして扱っているところが彼の腹黒いところだとリュー
クは思うのだが、言わないでおく。
「……おまえの親父だったら、別にチクられてもなんともないんじゃないか?」
「父さんなんか関係ないんだよ!」
腹黒い点、その2↑。
「問題は、竜崎に報告されるってこと!あいつに知られたら、今度会うときどんな嫌味をねち
ねちねちねち言われるか!僕の輝かしい人生の功績に傷がつく!」
腹黒い点、その3↑。そして彼は勢いよく扉に右フックを食らわせた。ばきっと可哀想な扉が
へこむ。きっとこういう人間がいるから、たまに店のトイレが破壊されたりするのだ。
そこで月がようやく大人しくなった。怖いぐらいにトイレが静まり返る。居心地悪そうにリューク
が目線をそらしていると、月が顔に半分黒い影を落としながら、
「ちょっとお前の意見を聞きたい。」
「なんだ?」
「竜崎の奴が僕の汚点を発見したら、それをネタに何をすると思う?」
「襲うな。きっと。っていうか、他の男に顎を触られた時点で消毒だとかなんか言って襲うな。
難癖つけて襲うな。ぜったい襲うな。以上だ。」
すると、ドアを殴りつけていた表情とはうってかわって、本当に怯える仔猫のように、
「うう…やだよー…襲われるのこわいよー…」
「助けてやろうか?」
リュークはふざけたつもりで言ったのだが、月がぱっと顔を輝かせ、
「ほんと!?」
「う……」
「嘘とか言わないよなおまえ、嘘とか言った1ヶ月林檎抜きな。」
「…………………」
先に言われてリュークは黙り込む。そういわれても、
「俺、助けるってなにしたらいいわけ?」
「なんか助言してよ。」
「俺よりお前のほうが頭いいだろ。」
「僕、今ものすごく混乱してるんだよ!なにかあいつを喜ばして黙らせる!よし、じゃ行くよ!」
実はまだハイテンションだろお前?リュークが突っ込みを入れる前に、月は行ってしまった。
ようやく月君が戻ってくる。まずい、言い訳を考えてない。また向かい合わせで座るが、僕等
は押し黙ったまま。
さっきのは冗談だよ。うん、これでいこう。僕が顔を上げると、月君がじっと神妙な顔つきで僕
を見た。
「……松田さん。一つ、聞いていいですか?」
「な……なに?」
「僕が襲われたとき、なんで助けてくれなかったんですか?」
うわ……。
痛いところ付かれた……助けるつもりで行ったのだが、今更それを言うといい訳のように聞こ
えるだろうし……。
「(リューク、ナイスだ!相手はうろたえてるぞ!)」
「よし!じゃ次は…」
「もしかして…僕だったから助けてくれなかったとか?」
泣きそうな顔をして、月君が言う。僕は大声を出して立ち上がった。
「そ……そんなんじゃない!」
「(ど…どうすんだよ!怒ったよコイツ!!)」
「違う違う怒ったんじゃない!うろたえてるだけだ!」
「僕は、僕は、月君のことが…その…嫌いなんかじゃないよ、本当だ!」
「(ねえ…ウエイトレスのお姉さんがこっち見てるんだけど…)」
「我慢だ我慢!次は……」
「ご…ごめんなさい……」
月君が俯いて謝る。僕ははっと我に返り、座る。
「いや…ごめん。怖がらせちゃって……」
「本当に、僕のこと、嫌ってませんか?」
「本当だよ!僕が月君を嫌うはずないじゃないか!」
すると彼はほっとして笑顔を作った。
「よかったぁ。」
「(ねえ、リューク。なんで笑顔で『よかったぁ』なの?しかも語尾延ばして…)」
「細かいこと聞くな!男はこれで喜ぶんだ!次だ次!」
「…………あぁ?」
「は?」
月君が突然、低い声で虚空に向かって尋ねる。それに僕は聞き返した。彼は慌てて首を振
り、
「いえ、なんでもないんです!あの……えっと……」
かあっと頬を赤くして、とても言いにくそうに口篭っていた。
「ぼ…僕のこと……嫌いじゃないですよね?」
「も、もちろん!」
「じゃあ………好き?」
僕もまた赤面した。彼は手を振りながら、
「ご…ごめんなさい!僕、どうにかしてるんです!えっと…」
「好きだよ。」
僕はきっぱりと告白した。目を丸くして、月君は僕の言葉を待つ。
「好きだよ。ずっと好きだった。竜崎と同じくらい。いや、それ以上。」
「で…でも、僕、もう竜崎と……」
「知ってる。でも好きだ。」
「(リューク!どうしよ!ウエイトレスのお姉さんがメモ書きしながらこっちの会話聞いてる!)」
「大丈夫だ!あともうちょっと!次は……」
「お願い…今回のことは竜崎には言わないで……僕、彼に何をされるか……」
「!?それってどういう……」
「それは……あああぁ!?」
「へ?」
「ごめんなさい、ほんっとになんでもないんです、ちょっと色々と。あの…竜崎、なにかあるた
びにベットで…酷いことを…」
僕は耳を疑いながら、
「というと……?」
「えっと…殴ったり…縛り付けたり…オモチャをつかったり……?」
「(オモチャって?)」
「聞くなー!会話に専念しろ!」
「僕…とても怖いんです…だから…」
「わかった。」
「(よっしゃ!)え?」
「竜崎を殴ってくる。」
「(ええええ!?なんでそうなるの!?)ま、待ってください!(どーしよ、リューク!!)」
「ええっと…よし、なら……」
Lはきっと、彼のことを大切にしていると思ってた。
だから僕は我慢できていた。
なのに。あいつは。
僕は立ち上がり、出口へと向かう。
あいつに問い詰める。殴るのはそれからだ。
だが、怒り任せに歩き出した背中に、優しい温もりが僕を包む。彼が、背中越しに、僕に抱き
ついた。
「貴方が好きなんです。」
怒りが、言葉によって溶かされていく。
「だから、傷ついてほしくない……」
「月君……」
「お願いです。席についてください。話、聞いてもらえますか?」
「(ウエイトレスのお姉さん全員がこっち見てるー!!)」
「恥ずかしがるな!ほら、席に着いたろ!あともう一声!」
僕はもう一度席に着いた。月君はしばらく沈黙をおく。
「……こんなこと、言う資格ないですよね。僕は、もう竜崎と。」
「かまわない。」
「…………………。」
「僕だったら、君をもっと大切に出来る。君を縛り付けたりはしない。あの男が好きで、僕のこ
とが好きでも、嫉妬で君を傷つけたりしない。」
「松田さ……」
「家まで送るよ。大丈夫、誰にも言わないから。」
ファミレスの片隅の片隅で、僕等は愛を囁きあう。
世界の中心で愛をなんとやらというドラマがあった。そんなに大層なものじゃないけど、僕にと
っては大きな一歩。
中心とはいわないさ。片隅でいいさ、僕等の愛は。
そして僕は席を立った。今度は、穏やかに。
「(なるほど!男はこうして堕ちるものなんだね!でもウエイトレスさんが全員で拍手送ってい
るのは気のせい?)」
「気にするな!たとえ今、会計の人が『がんばってください』とか言っても聞こえないフリしと
け!」
だが、こうして月がこれから先、悪女になっていくことを、リュークはまだ知らない。
「ここでいいです……ありがとうございました……。」
車は月君の自宅のすぐ傍で止まる。バスの来ない停車所で、彼がお礼をいった。
「……月君、聞きたいことがある。」
「はい。」
「もう、会うのはこれっきりになってしまうのかい?」
彼は目を伏せ、黙り込む。僕はハンドブレーキをかけて、
「抱きしめてもいい?」
「え?」
「訂正。抱きしめたい。」
言うが早いが、僕は彼を引き寄せ、力強く抱く。そっと首筋から耳にかけてキスを降らせ、耳
たぶを甘噛みした。ぴくんっと彼が反応する。濡れた耳に息を吹きかける。
「ライト……」
「あっ……」
感じたのか、彼が切ない声を出す。すがるように伸ばしてきた手をわざと握り、そっと離れ
た。
「さ、もう帰らなきゃね。」
「あの……」
「ん?」
「また…会いたい……です。」
真っ赤に顔を熟して言う彼。僕はゆっくりと口付けをしながら、月君の胸ポケットに名刺を挟
む。舌を絡ませながら、2時間以上も買出しに出ていた言い訳を考えていた。
夜道に去り行く車を見つめ、月がようやくはっとした。
「ち……ちっがーう!僕はけしてあいつの愛撫がよかったとかキスがうまくて惚れちゃったと
かそういうわけじゃなーい!そもそもこういう役は本来僕が普段やっていることでこんなことこ んなことこんなことー!」
「あんまりキスうまくないくせに。」
以前付き合った子と同じことを言われ、月はバス停の片隅で、死神にアッパーを食らわせ
た。 貴方は凶暴なサーベルタイガー
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