タイム・リミットに怯えているようじゃ
頼れないよ







賞味期限が切れますよ?









松田さん、松田さん。
このままでいいんですか?
僕と付き合ってキスだけで
なんのアクションも起こさないなんて

焦り 感じさせたら決まり
さあ はじまりはじまり

捜査本部の一室に、
僕とLと松田さん。
Lは僕等が愛し合っているとは露知らず
呑気に資料なんか見ちゃってる。
松田さんが僕をちらりと見る。


仮に今しかいえない言葉があるとしたら
それを聞かせる声が 僕かもよ

Lは資料を見続ける。
僕はにやりと笑って見せて、
そして声を発さず口の形だけで伝える。
コンヤ ドコデ アイシアイマス?
臆病者の松田さん。
ぎょっとして視線を資料にもどす。
なーんだ、つまらない。


新しいものが大好きな僕達は
飽き易いから
この気持ちも早く君が食べないと
冷めてしまう

Lのフォークが動くのを見て、
残してあったケーキの苺を僕は素早く摘み上げ、
Lがきょとんと目を上げたので、
見せ付けながらそれを口に含む。
そして僕等は笑いあう。
そんな甘い僕等の場面、
松田さんは羨ましそうに見てるだけ。

賞味期限の切れた後の
恋の味を知りたいなら
他の誰かと二人でオーダーしてよ

「松田さんは、恋人はいるんですか?」
僕は資料を捲りながら、
恋人にそう尋ねる。
「今はフリーって言ってませんでしたっけ?」
何も知らない探偵は、松田さんの代わりに答えてくれる。
松田さんはなにやら
もごもごと口をして戸惑っているご様子で。
あーあー、まったく。
かっこ悪いなぁ。

遅れずに来て
そして迷わずに居て
次の電車が通る前に
電話が来なかったら……

「そろそろ帰るね。」
僕はLにだけそう笑いかけ、立ち上がった。
松田さんがこんな時だけ、
「送ってくよ。」
「結構です。」
冷たく素早くあしらって。
ホテルをでたはいいけれど。
タクシーはぜんぜん捉まらなくて。
寂しく駅まで徒歩10分。
切符を買って、待ちぼうけ。
携帯片手にぼんやりと、
僕はちょっとだけ後悔する。
乗るべき電車が遠くに見えて、
それでも電話はかかってこない。




仮に何事にも終わりが訪れるとしたら
尚更『今』を愛せる気がするよ

後ろのフェンスの向こう側、
車の停まる音がして、
「お乗りください、お嬢様。」
振り返れば待ち望んだ、
弱虫の意気地なしがそこにいて。
「今日は楽しい一日を過ごせなかったのかな?
そんな顔をして。」
「どんな顔?」
「世界が終わってしまった顔。」
「確かにもうすぐ終わりそうだったよ。」
僕はちょっとだけ素直になる。


新しいものが大好きな僕達は
飽き易いから
そろそろ成果が現れ始めなきゃ
やめてしまう

車を走らせ住宅街。
車は人気の無い場所で、
静かに停まって、
ディープキス。
でもそれだけの意気地なし。
僕はホテルで聞いた質問をちょっとだけ変えて
「恋人はいた?」
「そりゃ、この齢ですから。」
「こんな風だった?」
「二股をかける彼女はいなかったな。」
「僕のこと、嫌い?」
「嫌いといったら?」
「この車からでていく。」
「冗談です。すみませんでした。」
「よろしい。」
そしてもう一つ質問を。

賞味期限の過ぎた後の夢の味は
苦めですか?
そうなる前に投げ出そうとはしないで

「投げ出したりするもんか。」
歌の一節を取ったその質問。
松田さんは僕を抱きしめる。
「他の女とは君は違う。今まで分かれてきた女性とは違う。
たとえ誰かを愛してても、
僕はちっとも怒らない。」
はいはい御託はいいからさ
なにかアクション起こしてよ。
僕の意思が伝わったのか
松田さんの手が僕の上着の中に入る。
「ここ、車の中。」
「大丈夫。」
「ここ、僕の家の近所。」
「平気だよ。」
「引っ掻かれたい?」
「ホテル行きますか。」
意気地なしの松田さん。
でもそんな弱虫のところが。
貴方のいいところ。








傷つき易いまま
オトナになったっていいじゃないか
タイム・リミットの無いがんばりなんて
続かないよ




賞味期限を見極めて
美味しく楽しく
召し上がれ


宇多田 光『タイム・リミット』引用


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