お酒とタバコは二十歳から

 そもそもの始まりは、月の一言から始まった。
 時は夜。時間間隔がまったくわからないホテル内であっても、体内時計がいい加減疲労の警
鐘を鳴らしていた。
 目が疲れたのか、月は何度も瞬きをしながらパソコン画面に食い入るが、一度きれてしまっ
た集中をまた元に戻すのは難しい。そんな月の様子を知ってか知らずか、捜査指揮権をもつL
が体育座りを直しながらいった。
 「今日はもう休みましょうか。」
 そうだね、誰かが賛成した。月が周りを見回すと、父の姿がない。別の仕事を頼んで部屋を
出てますよ。Lが答える。
 「じゃあ月!夜のデートでもしない?」
 いつでも元気な、いや、何もしていなかったので元気をもてあましていたミサが、べったりと月
の腕にからみつく。それを阻止したのがLだった。月とつながっている鎖をぐいっとひっぱり自
分のほうへ寄せた。
 「部外者は立ち入り禁止。」
 「こら!僕はリードをひかれている犬か!?」
 しかし月の抗議はミサとLの会話によってスルーされる。
 「なによ!部外者じゃないもん!ミサは月の恋人だもん!」
 「百歩譲ってあなたが月君の恋人だったとしても私がそれを許しません。」
 「ふんだ、変態爬虫類。」
 「このぺっちゃんこ。」
 「いっちゃいけないこといったわねあんた!!」
 「あー、はいはい二人とも。ルームサービスなに頼みますか?」
 不毛な言い争いを阻止したのは松田だった。二人は睨み合いながらも、会話が中断された
ので一瞬だけ黙る。
 「……私はクレーム・ブリュレをいただきましょう。飲み物は紅茶で。」
 「ミサはこの間食べたイタリアンサンドウィッチ。アップルジュースね。」
 「じゃあ、僕、ホットミルクで……。」
 二人の間に挟まれていた月が何とか抜け出し、それだけを頼んだ。松田は眉根をひそめ、
 「月君、それだけ?お腹すくよ?なにかつまんだほうがいいんじゃない?」
 「そうですか?それじゃあ……」
 松田の持っているメニューを覗き見て、しばらく考える。ふと、ある欄で目が止まった。
 「……この『フランジェリコ』ってなに?」
 ホテルのメニューというのはわかりにくい名前が多い。彼が尋ねたのもその一つだった。
 「それ、お酒です。けっこうアルコールが強いですよ。」
 Lが答える。ふーんと相槌をうって、
 「お酒じゃ、だめだな…」
 「いいじゃん。ちょっとくらいへーきへーき。」
 ミサが軽くすすめるが、月が首をふって、
 「ダメだよ、僕、すぐ酔っ払っちゃうから……」
 ぴくっ。
 Lとミサが同時に反応する。松田がへえ、意外だなぁと言って、
 「もしかして、酔っ払うと性格が変わるほう、とか?それで失敗した経験でもあるの?」
 「いや、そういうわけではないんですけど…。」
 「うわー、月君ってば、未成年のくせにすでに失敗しちゃったんだー。」
 「そ…それは!学校の先輩に無理やりすすめられて……」
 慌てて言い繕う月に、突然Lとミサが割り込んだ。
 「ねえねえ!皆でぱーっとお酒でも飲まない?」
 「そうですね。たまにはいいですよね。」
 「……………?」
 はあ?突然Lまでなに言い出すの?月の訝しげな表情がそういっていた。Lはぜったいにそう
いうことを言いそうもないように見えたが、彼はやはりいつものなにを考えているかわからない
表情で続けた。
 「お酒を飲んで気分を開放的にするのも、たまにはいいですよ。」
 「そうだよ!いっつも気ばっかりはってたら疲れちゃう!」
 「でも、父さんが……」
 「彼には私から話しておきます。きっとわかってくれますよ。」
 「そうだよ!月だってもう大学生なんだから。」
 「そうかな……」
 「「そうそうそう!」」
 畳み掛けてくる二人に、月は押され気味のようだ。松田が気が変わらないうちにと、さっさと
頼んでしまう。約一名、会話に加わっていなかった模木が、複雑そうな表情でそれを見ていた。
 明らかにあの二人は、月が酔っ払うところを見たがっている。というか、酔っ払った彼になに
かを仕掛けようとしている。
 (酔った勢いでベットに行けば…月君だって……)
 不埒なことを考えている名探偵。
 (酔った勢いでベットに行けば…もはや言い逃れは出来ない……)
 鎖ぐらいなんとか外して見せるさぁ!腹黒い考えの人気アイドル。
 (酔った勢いで月君の傍によって…ふっふっふっ)
 馬鹿なことを考えている馬鹿がもう一人、刑事だった男もそんなことを考えていた。



 オーダーされた全員分の飲み物がきて、まずは一口。
 「あ…これ、コーヒーなんだ。」
 「そうですよ、ヘゼルナッツの香りがいいでしょう?」
 Lとそんなやり取りをしながらもう一杯。
 そしてまた別の種類を頼んで二杯目。
 皆とわいわい楽しみながらノリで頼んだ三杯目。
 Lとミサがチラチラみながら四杯目。
 五杯目。
 おかしい。
 変わらない。
 いつしか会話が止まり、彼らの視線は月の顔にいっていた。
 「な…なに?僕の顔に何かついてる?」
 月がきょろきょろと全員を見回し、そう聞いてきた。
 もしや酔いやすいというのは嘘だったのか。そう思いかけたとき、月が立ち上がった。
 「そういえば、父さん遅いね。」
 そして彼は、Lと鎖がつながっているにもかかわらず、
 「探しにいってくる。」
 彼ごとひっぱり、歩き出した。
 「い…いたっ、月君いたいで…いったぁ!」
 バランスの崩れたLがテーブルの角にぶつかりそのままずるずる引きずられていく。
 見かねた松田が、
 「月君。」
 「はい?」
 「そっちは壁だよ。」
 彼を寸前のところで止めた。ドアとは反対方向の壁にぶつかりそうになったので止めたの
だ。
 月は無表情のまま、壁と松田を見比べて、また歩き出す。やはりLを引きずったままで。
 「月君!」
 「はい?」
 「そっちは窓!」
 松田は慌てて叫んだ。しかし、Lのことは誰も心配していない。
 もしかしたら。ミサは月に近づき(来る時にLを踏み潰した)彼の目の前に3本指を立てて、
 「月、これ何本?」
 「なにいってるんだ?ミサ。六本だろ?」
 いつからミサは火星人になったんだろう……そんな疑問を頭に浮かべつつ確信した。
 こいつ酔ってるよ。
 その時、ライトの目的地であった扉が、探しに行くはずの夜神総一郎の手によって開いた。
 「ん?なにやってるんだ?皆、ぼーっとして……」
 「パパ!」
 ぱぱ!?
 ありえないよび方で父のことを叫ぶと、彼は駆け出した。がっちゃんがっちゃん鎖を揺らし、
後ろで、ゴキッバキャッちょっと月君いま首が変な方向にボキッ、という音が聞こえるのをお構
いなしに、我が父に抱きついた。
 「!!??!?!?!!!」
 父はそんな息子に驚愕の表情をするが、彼の息からある臭いがしてぴんっときた。
 「お前ら!なに未成年に酒を飲ませているんだ!」
 「う、バレた……」
 松田が顔をしかめる。模木は自分のせいではないと目をそらした。
 当の本人といえば、マイペースに父に擦り寄り、
 「ねえ、パパァ……お願いがあるのv」
 「月、お前はどいていなさい。」
 威厳ある父の姿でそう受け答えするが、月はむっと唇を尖らせ、
 「僕のお願い聞いてくれないの?」
 「うっ………」
 うるうるうるうる。かわいいかわいい息子の頼み。
 総一郎はいつの間にか、顔が緩むのを感じた。感じただけで、なおそうとしない。
 月は潤んだ瞳で父を見上げ、
 「あのね……パパ……」
 まさかこいつ!!
 抱いてとかいうんじゃねぇだろうな!?
 その媚びるような眼差しから、一瞬そんな想像をしてしまい、全員がくわっと目を見開いた。
 そして月はこう叫んだ。
 「PSP買って!」
 「はっはっはっ!いいぞいいぞ!なんでも買いなさい!」
 PSPとは!
 今、プレイステーションが発売している次世代小型ゲーム機の一つで、価格は2万円ちょっと
と全体的に高めのお値段。ゲーム界でも今注目のゲーム機である!
 以上説明終わり。
 援助交際相手におねだりされた会社員よろしく父はあっさり承諾した。
 ミサが無理やり月を引き剥がし、
 「もう!なに馬鹿なこと言ってるの月!」
 「ミサ!」
 もはや用はないというように父から手を離し、きりっと顔を引き締める。いつものいい男ぶり
が、さらに倍増した。ミサの肩をやさしく、しかししっかりと掴み、
 「モデルなんかやめてくれ!」
 「え……?」
 「君をこれ以上他の男の目にさらしたくない!」
 なにを言い出すのだこの男は。
 だがしかし、月の歯の浮く台詞をミサは気にしない。
 「い…いきなりそんなぁ。」
 「君の美しさを、僕だけに見せてくれるかい?」
 そういって月はミサに覆いかぶさるように口づけをした。
 濃厚なそれは、有無を言わせぬキスだ。たっぷり30秒ほどしてから、名残惜しそうに唇をは
なす。
 「えへ……でへへへへへへv
 「やばい!ミサちゃんが壊れた笑いをしている!
 「窓のほういったぞ!止めろ!」
 松田と模木が右往左往している間、月は次の獲物をLに定めた。
 「L……」
 「酔っ払ったあなたなんか知りません。……どいてください。」
 いつの間にか、上向きに倒れたLの上に跨り、月が小首をかしげる。
 「怒ってるの?」
 「可愛らしくしてもだめです。」
 ちゅっ
 月が唇に触れるだけのキスをした。
 「……他人に触れた唇なんていりません。」
 Lがそっぽをむいた。我慢している。珍しくがまんしている。
 しかし、次であっさり落ちた。月は自分のワイシャツのボタンを外し、
 「じゃあ……おしおきして……」
 「月君!」
 がばぁっと月を押し倒すが、横から総一郎に思いっきり頭を蹴り飛ばされた。さらに戻ってき
たミサによって蹴りが腹に入った。
 がすがすがすがす。ヤクザ蹴りを入れられるLを見て、月が子供のようにきゃっきゃと笑って
いる。
 「あはははっ!おもしろーい!」
 まずい。まずいぞこの男!
 なにがまずいってところ構わず相手の好みに合わせて誘っている!
 次なる獲物は松田。彼と目を合わせた時、きらーんっと効果音が鳴ったほどだ。
 「松田さん!」
 「え?ちょっと月君!落ち着いて!」
 「そんな!松田さん、僕のこと嫌いになった……?」
 何故か付き合っています私たち前提を持ち出して、月が松田に近寄る。ワイシャツのボタン
を全てきっちり閉じてあった。
 「松田さん。松田さんは、なにが食べたい?今度お弁当で作ってきてあげる!」
 作るも何も、おまえらホテル住まいだろう。だが、今の月にそんな細かいことは通じない。陶
器のように真っ白い頬を赤らめ、小声で聞いた。
 「うまく出来たら…キス…してくれる?」
 「今してあげるよ月君…ぐえ!?」
 抱きつく寸前でたまたまヤクザ蹴りを入れていたミサのヒールが飛んできて、松田の額に突
き刺さった。もう関係ねぇやという感じで今度は模木へ。
 「模木さん!」
 「う……」
 「模木さんはどんなタイプが好き?どんなでもなってあげるよ!ねえどんなどんな!?」
 「だ…誰かー!!助けてくれ!」
 誰もいない。
 総一郎とミサはLにひたすら蹴りを入れているし松田はヒールを額につきたてながら気絶して
いる。もはや、彼を止めるものは誰も……
 「皆様、どうかなさいましたか?」
 その時だった。扉を開けたワタリが、中の荒れようを見て呆然とした。
 「これは一体?」
 「あ、ワタリさんワタリさん!」
 月がまるで子犬のようにワタリに抱きついた。
 「あのね、あのね、皆おもしろいの!ワタリさんもやる?あ、そうだ!僕、ワタリさんの孫や
る!だからワタリさんおじーちゃんね!」
 「はいはいはい。」
 大まかなことがつかめたのか、ワタリは月を抱きかかえるとソファまで歩いていった。老人と
は思えない、確かな足取りだ。
 「あのねー、あのねー、ぼく肩たたきやってあげる!それとも肩もみがいい?」
 「はいはいはい。」
 「ねー、ワタリさんってばー」
 「はいはいはい。」
 ソファに寝かせると、彼は子供のように目をとろんっとした。
 「僕ねー、本当にワタリさんの孫だったらいいなー…」
 「はいはいはい。」
 ぽんぽんっと優しく彼の背を撫でてやれば、月はすぐに夢の中。
 それに怒ったのは月の標的となった人物たちだった。
 「な…なにをするんだ!ワタリさん!」
 「そーよ!もうちょっとで……」
 「月君は私のものになるはずだったのに!」
 「そーだそーだ!」
 彼らの猛反発に、ワタリははっきりと言った。
 「だまりなさい、この酔っ払いども。」
 「「「「「はい。」」」」」
 別に模木はなにも言っていないのに、思わず答えてしまった。


 そして当然といえば次の日…。
 「う〜…」
 「あ……頭が…」
 「私は体中……」
 「僕は額が特に……」
 「「「「痛い……」」」」
 月、ミサ、L、松田は二日酔いのため寝込んでしまった。模木はというと、ちゃんと自己管理
が出来ていたのか酔いは残らなかったらしい。
 「まったくお前らは……」
 総一郎は寝込む四人に呆れ返った。
 「僕……昨日なにやったんだ……なんかやっちゃいけないことをやった気がする……」
 月が頭を押さえながらいった。
 「うう…ワタリさ〜ん、頭いたい〜」
 「はいはいはい。」
 「ワ…ワタリ、何故貴様…」
 「月にだけよくするのよ〜」
 「僕にも氷枕ください〜」
 「自分たちで持ってきなさい。」
 「「「……………。」」」
 「ワタリさ〜ん、お薬ちょうだい〜」
 「はいはいはい」
 「だいたいあんたが月にちょっかいだすから、それを阻止するため月をゲットできなかったじ
ゃない!」
 「馬鹿言わないでください。あなたは昨日さんざん私に蹴りを入れたくせに!」
 「氷枕〜……」
 「なんであたしが……!」
 「あなたのせいでしょ……!」
 「薬〜」
 「この薬物中毒者っぽい人間!」
 「微妙な売れ行きのアイドル!」
 「水〜」


 「ワタリさん……あいつらうるさい。黙らせて
 「はいはいはい。」
 そしてワタリは手刀を首に撃つべく彼らに近寄った。



あとがき
 なんといいますか一言で言うならやっちゃったね、って感じです。(どんな感じでしょう?)
 例えば、これって総受けじゃなくて総誘い受けじゃん?とか。Lが一番かわいそうとか月が壊
れちゃってるとか変化は女子高生→プレイボーイ→女王様→純粋娘っ子→孫ってあんたなん
変化しとるねん!とかワタリさん月の世話ばっかりしてんじゃねーとか……。いろいろあります
がまあギャグなのでいっか。(いいらしい)




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