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ばさばさと、ばさばさと。
シーツのはためく音がする。
はっと月は目を覚ました。暗闇の中、日の暖かさにうとうとしてしまったらしい。
手入れの行き届いた庭のイスに、彼は腰をかけていた。テーブルから顔を上げて、立ち上が
る。そこが日本であることを忘れるような、洋館が後ろにあった。ただ、無理やり後から備え付 けたように、安物の物干し竿がぽっかり美しい庭で浮き彫りになっている。
目の焦点は、合っていなかった。
彼は、その庭が自分の家のように歩き回った。実際、そこは彼の庭だった。正確には、自分
と彼……Lの庭。物干しにかけてあったシーツを触ってみれば、もう乾いていた。洗濯ばさみを 器用に取っていったが、一つだけ取り落としてしまう。ようやくここで、彼が困ったように止まっ た。ゆっくりと、慎重に地面に手をついて落とした洗濯ばさみを探す。唐突に、手に何かが握ら れた。プラスチックの感触と、それを拾ってくれた無機質な手の感触。月はにっと笑って、
「ありがと、リューク。」
「どういたしまして。」
声は、すぐに返ってきた。月がそのままシーツを取り込んでいると、リュークは不思議そうに
聞いた。
「うなされてたな。」
「うん、嫌な夢を見てた。」
「嫌な夢?」
「視力を失った時の夢。」
ああ、なるほどね。リュークが納得する。ふと、月の耳に草を踏む音が聞こえた。死神は足音
を立てない。そして、足の踏み方から一人の人物を思い浮かべた。
音のしたほうに振り返り、月は微笑む。
「竜崎?」
「いつも思いますが、よくわかりますね。」
Lは小首をかしげ、
「今、誰かと話をしていませんでしたか?」
月は首を振る。そうですかとそれ以上突っ込むこともなく、Lは彼の肩をそっと叩いた。
「行きましょうか。」
ばさばさと、ばさばさと。
死神の翼がはばたいて。
ばさばさと、ばさばさと。
小鳥は天高く舞い上がり 下
料理をするようになった。
自分でも驚く。だが視力を失った人の中には一人暮らしをする者もいるし、食器を洗ったり包
丁を使う人もいる。完全な暗闇でさえも、人間は生活できるのだということを、月は覚えた。
初めのうちは、ワタリに手伝ってもらいおっかなびっくりだった作業も、もともとの器用さと物
覚えのよさで、今ではLが不思議そうに台所を覗く始末だった。シチューを作っている最中、足 音を立てないようにしている足音を聞いて、月は苦笑してしまうのだ。
そんな中、寂しい出来事もある。作り終わった後に、時々それは告げられる。
「今日、竜崎は戻れそうもありません……。」
ワタリの言葉に、月は俯く。視界を失った今でも、感情を読み取られまいと視線を逸らしたく
なる。顔を上げたときには、物分りのいい笑顔を貼り付け、
「わかりました。別の器に戻しておきましょう。」
心の中ではいつだって、虫に食われたようにぽっかりと穴が開くのに、月はそれを止めようと
はしなかった。作り笑顔は昔からのクセだった。死神にもやめろといわれ続けているのだが、 せめて迷惑をかけないようにと自然と繕ってしまう。
そんな彼を、ワタリは困ったように眉根を顰める。しかし、今日はちょっと違っていた。
「届けに行きましょうか?」
月が首を傾げると、ワタリは悪戯を思いついた子供のように、
「竜崎のいるホテルに、届けに行きましょう。」
月は本当の笑顔で頷いた。
自分の頭の地図にない場所に立つと、月はいつも、記者達に囲まれた出来事を思い出す。
今、思い出しても、身震いがした。身を隠すように、彼はアレ以来ほとんど外にでなかった。
ホテルのロビーで、ワタリは待っているようにと言った。どちらにせよ、どこかに行きたくても
行けないので動かないように、という意味合いで言ったのだろう。月は頷いた。
しばらくすると、ホテルマンの人間が、イスを進めてきた。お礼をいて座る。死神は、けして青
年の傍を離れず、時々存在を明かすために彼に触れたりした。
「……月君?」
知らない声が、彼の名前を呼んだ。墓参りの出来事がフラッシュバックした。月は顔を強張ら
せる。
「どうしてここにいるんだ?」
肩に、人間の手が触れた。月は悲鳴を上げてそれを振り払った。
「大丈夫だ。相沢だ。お前も知ってるだろう?」
死神に宥められて、ようやく月は震えを止める。暗闇の中、戸惑った男の声が、すまない、と
謝罪のを述べた。
「そんなに驚くとは思わなかったんだ……。」
ワタリが、慌てて月たちの元に駆け寄った。
「元気そうでなによりだ。」
案内してくれる相沢の声は弾んでいた。ロビーでの出来事は持ち出さず、彼は部屋に向かう
間、様々なことを聞いた。肩の怪我は大丈夫か、竜崎は家でも菓子ばかり食べているのか、 視力の話になり、相沢ははっと口を紡ぐ。月は笑った。
「竜崎が、色々助けてくれます。」
そうか、相沢は頷いた。尊敬していた夜神総一郎の息子が、穏やかな微笑をしているので、
彼は安心したようだ。廊下を歩いている途中、こんなことを話してくれた。
「日本の警察がこの事件から手を引くことになってね。その時、俺は辞めてこの事件を続ける
か、警察に戻ってこの事件を諦めるか、どちらかの立場に立たされたときがあった。」
初耳だった。月は興味深そうに先を促す。
「俺には娘がいる。だから、刑事を辞めるわけにはいかないと思った。でもね、月君。君のこ
とを思い出して、俺はこの事件を追うことにしたんだよ。」
君と君のお父さんのお陰だ。相沢は言った。月は曖昧に返事をした。
部屋の前まで来て、相沢はドアを開ける。一歩前に出ると、部屋の室温が変わった。微妙な
変化だが、視力を失った月にはわかった。
「………月君?」
Lの声だった。月は顔を綻ばせて、歩き出す。
「あ!ちょ……!」
「?」
松田が悲鳴にも似た声で月を止めた。そして今度は月が声を上げる。
探っていた白杖が、無造作に積まれていた資料をかすめ、崩れてきたそれが彼を生き埋め
にした。
「だーかーら!あれっだけ資料を積まないようにと何度も何度も言っじゃないですか!」
「……まさか、月君が来るとは思わなかったんですよ。」
松田とLの会話に、しゅんっと月は項垂れる。Lが慌てて、
「あ、いや、来てくれた事は非常に嬉しいんですよ?ただ今度からは、電話をしてくれれば、
部屋を片付けておきますので。松田が。」
「なんで僕なんですか!?」
月は思わず笑ってしまう。あーだこーだと言い合う二人が、なんだか目に浮かぶ。相沢は苦
笑いしながら、
「いつもこんな感じだよ。悪いね、騒がしくて。」
楽しいです。月は正直な感想を述べる。
月をソファに座らせ、相沢はLにこんなことを言った。
「……月君、なんだか性格が大人しくなったな。」
Lは紅茶をかき混ぜながら、
「例の事件の一件以来ね。人間不信に陥ってしまいまして……。」
「ああ…あれか……」
松田がつぶやく。墓参りのとき撮られた写真は、次の日には週刊誌にばんっと大きく載った。
あることないこと書き立てられたその記事に、松田が憤慨して編集部に電話したのは、もうず いぶん前だ。相沢は月を不憫に思いながら、
「……竜崎。局長の病状悪化は、キラがやったことなのか?」
しっとLが人差し指を口元に立てた。不思議に思い、相沢は月のほうを見る。だいぶ離れたと
ころで、普通ならば聞こえるはずもないそれは、彼の耳にしっかり届いていた。辛そうに、月は 顔を背けていた。ばつ悪そうに、相沢は黙る。それ以上、キラの事件について話す事は出来な かった。
ワタリが部屋に入ってきて、笑顔で言った。
「皆さん、月君がせっかく料理を持ってきてくれたんです。冷めないうちに食べましょう。」
月は恥ずかしそうに笑った。
ワタリが仕事で手が離せないため、松田が月を家まで送った。月は松田とは時々会ったこと
もあり、松田も月がどのようにすれば一番楽かということを把握していた。
家まで送る途中、月はこんなことを話した。
「竜崎は、一緒に住む際、僕がキラであるかどうか試すために暮らすっていったんです。」
「それウソだよ。事故以来、君は完全にキラ容疑から外された。」
「わかっています。」
だから、彼のその言い訳が嬉しかった。彼の言葉に、松田はあーあと溜息をつく。
「なんだか妬けるなぁ。二人の関係見てると。」
その意味をわかりかねていると、松田は話を変えた。
「そういえば、月君は一人で、キラの事件を調べているの?」
「……テレビで報道されていることを聞いているだけです。竜崎からは、なにも……」
松田は驚いたらしい。
「え?せっかく捜査本部にいる人間がいるのに?」
「聞くと、悲しみます……。」
「……そっか。」
沈黙が、車内に落ちる。だが、言っておかなくてはならないだろうと、松田は事件内容を話し
た。
「……月君、今ね…キラが外国にとんだんじゃないかと、竜崎は疑っている。」
「……僕も思いました。犯罪者の選び方で。」
「それで、捜査本部を、日本ではなくそちらのほうに移そうという話が持ち上がっている。」
「……………………。」
「そうすると…君はどうするの?竜崎についていく?」
「わかりません………」
月は膝元に置いた手を握った。
「…………でも、彼についていきたい。」
「竜崎は、どんなことになっても君の意見を優先してくれるさ。だから、よく考えておいたほうが
いい……」
車が家の前で止まり、松田はドアを開けながら、
「ごめんね、変なこと聞いて。」
「いえ……あの、一つだけいいですか?」
月は、テレビだけでは得られない情報を、松田に求めた。
「第二のキラは……捕まりそうですか?」
今までの彼には、それを聞く勇気すらなかった。しかし、心が安定して、状況を聞けるまでの
余裕ができた。
月は松田の言葉を待つ。しかし、彼の答えは予想を遥かに逸脱していた。
「え?……月君、そんなことも、竜崎は教えなかったの?」
彼の心の中で、暗雲を呼ぶ黒い鳥が、羽ばたいた気がした。
「第二のキラは、君が入院中に捕まって、亡くなったよ?」
黒い羽が、ばさばさと。
幸せを食いちぎり、ばさばさと、ばさばさと。
彼の耳だけに、ばさばさと、ばさばさと。
死神界に一度戻り、状況を調べたリュークの口から、驚くべき言葉が発せられた。
「レムは死んでいた。」
どういうことなのか、わかりかねた。
「死神は、人間のためにデスノートを使うと死ぬ。レムはそれをやってしまったんだ。連絡が
来なくて当然だ。死神も第二のキラも、とうの昔に死んでいた。」
レムは、ミサを捕まえに来た捜査員の名前を思わずノートに書き、ミサを逃した。しかしそれ
もつかの間で、別の捜査員が彼女を捕まえたという。死神界ではそれが、一つの笑い話として 伝わっていた。
月は考える。暗闇の中、久しぶりに動かす脳内が、それをやめろと拒否する中。結論を出す
ということは、彼から完全に幸せを奪うこととなるのだ。
だが、フル回転した彼の脳は、ある障害に阻まれる。つまりは、目の障害。
思いつめた脳内は、3日続いた。そして彼は決意する。
前から思っていた『それ』を、月はついに、実行した。
夜、二人は寄り添うようにして、ベットを共にする。
Lはそっと月を後ろから抱いた。服越しに震える彼に、Lは訝しがりながら、いつものように首
筋に口づけをした。
キラの捜査は一喜一憂の状況だった。証拠がつかめそうなそれは、掴んだ瞬間泡のように
消え去り、捜査員達を混乱と苛立ちに導いた。その感情の流れがつねに上司のLに注がれ、 家に帰ることすらままならない日々が続く。彼に触れるのも、久しぶりだった。
「月君……」
パジャマのボタンを外してやりながら、彼は囁いた。
「言わなくてはならないことが……。」
「捜査本部を外国に移すんだろ?」
思わず指が止まる。月はしばらく黙り、
「……松田さんが教えてくれた。」
途切れ途切れに、彼は続ける。
「考えた…色々……僕が暮らしていたのはここだ…この国だ…だから、お前についていくって
ことは…この家も…住み慣れたこの国も…置いていくことになる……」
「戻りますよ。キラを捕まえれば。」
「無理だよ。」
「いいえ、捕まえます!」
両肩を掴み、Lは月をこちらに向かせた。夜闇の中、焦点の合わない彼の瞳と目が合った。
「必ず…あともう少しなんです……!だから…私についてきてくれませんか……」
月が顔を背ける。Lははだけた胸に唇を寄せ、
「お願いです……『はい』と言ってください……」
そして抱く。何時ものように、優しく、壊れ物を扱うように。
月は抱かれている間、ずっと泣きそうな顔をしていた。
Lが服をきて、水を飲むため部屋を出た。戻ると、いつの間にか起きた月が窓際に身をおい
ている。服を着込み、表情の欠けた顔を外に向けている。
「L。」
この家に来て、月は初めて竜崎をその呼び名で言った。Lが眉根を寄せていると、
「……僕も……お前についていきたい。」
ほっとした。なんだそういういことか。Lはベットを挟んだ向こうにいる月に、微笑みかける。
「……ありがとうござ…」
「でもその前に。一つ解決したいことがある。」
月は、不幸を咥えた鳥を呼ぶ、その真相を尋ねた。
「何故、僕の視力を奪ったの?」
「……順を追って尋ねようか……。」
月は完全にLに背を向け、考えていた出来事を口にする。
「第二のキラは、監禁中に死んだ。心臓麻痺だったそうだね。だが、キラの犯行は続いた。」
Lは一歩、彼に近づき、
「当たり前でしょう。キラは捕まっていません。」
「僕がキラだ……。」
驚愕の事実を知らされたように、Lは押し黙る。だが月はそんなLに、
「……正確には『だった』。だが、お前は知っていたんだろう?」
「いいえ、初めて聞きましたよ……。」
「いいや、知っていた。なぜなら、第二のキラが犯行を止めた後、キラを続けていたのはL、
お前だからだ。」
断言だった。Lはすっとナイフの切り口のように目を細め、笑う。
「……私ですか。」
「そうだ。弥 ミサからデスノートの内容を聞き出し、お前はキラに成り代わった。」
「何故?」
「これはおこがましい想像だけど……」
月は俯く。
「僕を……庇っていてくれたんだろ?」
「………………。」
Lもまた、俯いた。しかし、口の端は釣りあがっていた。
だが、月にはそれを見る視力はない。彼は声音だけを優しくして、
「………そうです……。貴方が事実を知りたいというなら、お話しましょう。」
そして、ミサと話したあの時の出来事を、丁寧に話し始めた。
弥 ミサを監禁して、3日がたった。
キラの犠牲者は、一向に出る気配を見せない。Lは焦った。このままでは月を疑わざるを得
ない。捜査員達からも、無言だが、その気配があった。
そして出てきたノート。その存在が他の捜査員達にバレなかったのか、奇跡にも近かった。
ワタリが無言で差し出したそれを、Lは丹念に始調べ上げ、そして出てきた結論は、夜神月は キラであるということだった。彼は絶望した。
Lはカメラ越しに、ミサと話をすることにした。初めは黙秘を続けていたミサだが、Lの一言が
切欠で、全てを話してくれた。
「月君を、助けたいんです。」
切羽詰った声に、ミサは驚いたようだった。
「それには、貴方の知識が必要なんです。」
デスノートの使い方について説明してくれたのは、それから数分後のことだった。
第二のキラが捕まったにもかかわらず、新たに報道された犯罪者がテレビに名前を連ねる
と、相沢は言った。『このままの捜査方針で行くのは、どうかと思う。』そして、月の様子を見て 帰ってきたLは、用意していた答えを言った。
「夜神月を、キラの容疑から外します。」
月がもうすぐ完治するというとき、ミサは死んだ。彼女はLに、使い方を教えるかわりに、こう
懇願した。
「綺麗なうちに、私は死にたい。」
月のことは、貴方にまかせる。彼女の願いどおり、Lはデスノートに彼女の名を書いた。
「すべて、貴方のためだったんです。」
傲慢だが、優しいその言葉を吐いて、Lはさらに詰め寄った。
「貴方を助けるには、あの時そうするしかなかった。貴方を処刑することは、私には出来ませ
んでした。ここではない別のところへ、逃げましょう。この国にすべて証拠を捨てて……」
「何故、僕の視力を奪ったの?」
「またそれですか?事故にあったのは、私のせいですか?」
月は、一枚の手紙を、ポケットから取り出した。Lの笑みが消えた。
「僕を治療した医者からの手紙だ。」
Lは憎憎しげに、月につきそう死神を睨み付けた。
「……死神に手を貸してもらったか……」
「この手紙には、莫大な口止め料要求と、お前の僕に対しての異常な愛情について皮肉が書
かれてある。そして、その医者は先月、事故で死んだというニュースがあったね。」
そっとその手紙で口元を覆い、月は悲しげに言った。
「……僕の視力は、初めのとき、なくなってはいなかった。」
Lは初め、月に罠を仕掛けていた。
視力を失ったと言われれば、月は犯行を告白するかもしれない。月への愛情よりも、キラを
捕まえるほうを優先していたとき、Lは月を治療する医者に金を払い、視力を失ったとウソを言 うよう仕掛けた。傷ついた眼球は、しばらくすれば完全には戻らないが、視力は戻るはずだっ た。それを失明というウソで覆ったのだ。もちろん、しばらくしたら、事実は言うつもりで。
意識を取り戻した月は、Lに縋りついた。まるで一人彷徨った子供が、ようやく親を見つけた
ように。事実を知らされたとき、月はずっとLの手を握っていた。帰ろうとするL達に、行かない でと叫んだ。もしこの心理状態で追い詰めれば、もはや逃げることは出来ないだろう。
それが出来なかった。
彼の縋りついた手が、どうしてもLの頭から離れなかった。
「貴方に……もう一度、縋りついて貰いたかった……」
ぽつりと。疲れたようにLは告白する。
くしゃっと手紙を握り締め、月は口を開いた。
「……たったそれだけの理由で?」
「それだけで十分ですよ。」
犯罪を犯した、貴方にはね。Lの声音は冷たい。
「貴方に、事実を知ってもらいたくはなかった。医者に頼み、神経を切るよう手術させたのは
私です。貴方が入院中にね。これで満足ですか?」
「……そういわれて、僕はお前についていくと思っているのか?」
手紙を捨て、月は聞く。Lはもう一度顔に笑みを戻し、
「あと1週間。」
「?」
「貴方と暮らして、一年と半年がたつまで、後、一週間。」
Lの笑みは暗い。
「……490日という数字に、覚えはありませんか。」
月の体が強張った。Lは続ける。
「デスノートを490日間触れていない場合、その所持権は破棄されます。」
「…………………!」
「あと一週間貴方を監禁すれば、貴方は所持権破棄という形で、記憶は失われる。」
月は苦し紛れに、
「……ノートの切れ端が、僕にはある。」
「それも全て回収させていただきました。だから、その黒い死神が私にも見えるんですよ。貴
方が埋めたのは、ただの黒いノートです。本物は、すでに私の手にあります。」
Lは両手を広げ、優しくその異常な愛情を彼に注いだ。
「怖かったでしょう?いつバレるかもわからず、過ごしていた日々は。でも、それももうすぐ終
わります。その死神から、もう卒業する時間です。これからは、ずっと私がついています。」
月は死神に縋りつくように、手を伸ばす。震えたまま、Lから顔を背ける。
「キラの事件も、もうすぐ終わりです。貴方を騙すために、今まで続けていました。そして、す
でにキラの罪を被らせる犯罪者も決めています。言ったでしょう?『あともう少し』だと。」
愛しています。彼は言った。
死神は、そんなLを、感情の読み取れない瞳で見ている。そしてぽつりと、
「馬鹿が……」
「黙れ、死神。貴様さえいなければ、もっと早く彼は所持権を放棄していた。彼は苦しまずに
すんだ。」
殺意の篭った言葉で、Lはリュークを睨みつける。その瞳を見つめ返し、
「本当に馬鹿だな。」
「………………………。」
「月はそこまで頭は悪くない。」
わけがわからず、Lは月を見る。
そして月は振り向いた。
はっきりと、焦点の合った目で、Lを見つめて。
「……馬鹿な……」
今度はLは、後ずさる。
「完全に神経を絶たせたはずだ。」
美しい瞳で射抜かれて、また一歩。
月の口から、異国の言語が紡がれる。
「Those with the eye power of the god of death will have the eyesight
of ovew 3.6 inthe human measuremcnt,regardless of their oviginal eyesi ght.」
突然言われ、訳がわからないでいると、月はこう言った。
「死神の目をもった人間は、元の視力に拘わらず、人間界で言う3.6以上の視力になる。」
「僕はこうも考えた。死神と取引をした場合、視力を失ってもそれは元に戻るんじゃないか
と。」
「これは賭けだった。それこそ、命を賭けたね。そしてその賭けに、僕は勝った。視力は戻っ
た。さっきお前は、リュークに助けてもらって手紙を探したんじゃないかと言ったね。違うよ。僕 は僕自身の力で、お前の正体を暴いた。」
月は涙を流す。家族が死んだときすらも我慢していたそれが、呆然とする恋人を睨むため
に。
「もし……ウソでも否定してくれれば……僕はノートの所持権を破棄したのに……」
Lは手を伸ばし、月を捕らえようとする。それは、死神の巨体に阻まれた。
威圧。神の名を持つそれが目の前に立ち、Lは畏怖する。リュークはそっと月の肩を抱いた。
「……ノートは返してもらったよ。二階にあったね。鍵の開いた金庫にあった。視力がないと
高をくくった、お前の負けだ。」
湿った声音で、月は別れを告げた。
「サヨウナラ。」
お前の名前は、書かないよ。一生、罪に身を焼かれるといい。
死神を従え、キラは探偵の元を去っていった。
開いた窓から、あの時の病室のように、カーテンがはためいている。
ばさばさと、ばさばさと。
白いカーテンがばさばさと。
空っぽのベット、空っぽの椅子。主人の帰りを待つ家具は、もう使われることはないだろう。
出て行ってしまった青年を追わず、Lはその部屋を見つめていた。
部屋の中では夜風に揺られ。
カーテンだけが存在を主張している。
ばさばさと、ばさばさと。
天高く舞い上がった小鳥は、もうカゴの中には戻ってこないのだ。
小鳥がカゴの中にいるとしても
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