不思議の国では女王様が
今日も今日とて誰かの首をはねるため
毎日毎日裁判を繰り広げます
裁判開始を知らせるラッパ それを吹くウサギは遅刻しそうで大慌て
首にぶら下げた懐中時計を見ながら
えっちらおっちら走ります。
遅刻したらそりゃ大変
女王様に首をはねられてしまうからです。





負け犬は月に遠吠えを








 勝った。
 自分の推理は確かだった。
 自分は間違ってはいなかったのだ。
 Lは自分の勘の鋭さに酔いしれながら、呆然と弥ミサの携帯電話を受け取る月を見つめた。
 そして、まだ余裕が残っていた月の考えを粉々に砕く、一本の電話がLにかかってくる。弥ミ
サ逮捕の知らせ。
 それを聞いた彼の表情が変わった。目の前が暗くなった。そんな感じだろう。Lはさらに細く
笑う。
 キラ、もうすぐゲームは終わりですね。
 「大丈夫ですか?夜神君。恋人が第二のキラの容疑で事情聴取……気持ちは分かります。」
 フォロー入れられたことが気に食わなかったのか、表情を曇らせる恋人。
 ついでに今まで言えなかった台詞を彼に突きつけてやる。
 「いい気になって三股ならぬ四股なんかするから、そんなことになるんですよ。私一人にして
おけばよかったですね。」
 すると、彼の顔が明らかに変わった。
 眉根を寄せて、目を細め、ついでに頬を引き攣らせ。
 言葉を言ったらこんな台詞が口から出てくるに違いない。
 二股かけようが三股かけようが四股かけようが、てめぇにゃ関係ねぇだろボケ。
 もちろん、そんな口汚いことは吐かないだろうが、心の中で同じようなことを言ってるに違いな
い。おお、怖い怖い。
 主導権を握り続けてきた恋人は、逆に握り返されそうになるこの状況にご立腹のようだ。ぶ
すっとした顔と低い声で、
 「ゴメンよ、流河。でも、つまらない恋人をもつ僕の身にもなってよ。」
 …………『つまらない』とはまた、心を抉る。Lは何食わぬ顔で、
 「それは松田のことですか?酷い人ですね。でも、恋人がいるのにさらに恋人を作り続けてし
まう恋人をもつ私の身にもなってください。裁判をしたら、貴方は明らかに有罪判決ですよ?」
 実際のところ日本の法律では、恋人の場合は浮気をしても結婚というわけではないので、無
罪放免なのだが。
 月はゆっくりと顔を近づけ、
 「それは大変だね。有罪判決で死刑って所?僕は首を切られちゃうね。でも僕が有罪判決な
らお前も罪を犯してる。」
 「なんでしょう?」
 「僕を傷つけた。これはもう弁解の余地なしの死刑判決だよ。」
 「じゃ、二人で仲良く首を切られますか?」
 月が冷たい微笑を作る。
 「馬鹿じゃないか?僕はなんにも悪くないよ?お前一人で首切られて死ね。」
 さらりと惨いことを吐いて、月は踵を返した。
 まったく、どうしようもない恋人だ。もう一つフォローを入れてやることにする。
 「夜神君、今、全てを告白してくださるなら、私が何とかしましょうか?」
 前から思っていたことを、彼の背中に問いかける。
 夜神月がキラだったら。
 自分は彼を死刑台に送れるだろうか?
 答えは否。自分の推理が正しかったのだ。もうそれで十分だ。
 そもそもLは、犯罪者が死のうが増えようが、世の中が良くなろうがなるまいが、そんなことは
気にしない。犯罪者がいる。それを正義の名の下に捕まえる。それが面白いから続ける。どん
なことをしようと、法律に違反してようと、プライバシー侵害をしまくろうと、結果、捕まえることが
できればそれでいいのだ。だからこそ、彼は今日も今日とて自分のわがままを貫き通し、自分
の正しい意見=正義を押し付けまくるのである。
 周りが五月蝿いので捕まえた犯罪者は処刑台に突き出すのだが、もはや麻薬のようになくて
はならない存在となったこの仔猫を、手放すことなどできるはずがない。
 だが今日、彼がキラであるということが確定した。
 もうゲームは終了しよう。自分がその後始末をしてあげるから。そう問いかけたつもりなの
に、月は足を止めてこちらを見やる。
 「告白?なんの告白だい?ああ、今付き合っている女性の数?さあ、何人だろ。多すぎて分
からなくなっちゃったよ。」
 YESかNOかで聞いているのに、何故他の言葉が出てくるのやら。Lはイラついてきたので、
こう脅した。
 「死刑台に上がることになりますよ。」
 「嫉妬深い恋人って怖いね。三股かけただけで死刑台?あ、松田さんと高田さん入れたら四
股だね。」
 「月君。」
 噛み合わない会話を続けても意味がない。今度は優しく、彼に揺さぶりをかけた。
 「キラをやめなさい。そうすれば、もう何も聞きませんから。」
 月が困ったように口を閉じる。大丈夫だからという意味で手を差し伸べれば、怯えたように数
歩後ろに下がった。奇妙な沈黙が二人の間に流れ、周りの活き活きとした大学生たちから浮
き彫りになる。
 月は、苦笑して小首をかしげた。
 「ねえ、竜崎。僕らなにかとても変な勘違いをしているように見えるよ?」
 「……………。」
 「うん、確かに。今の僕の状況を見れば、僕がキラかもしれないね。」
 月はそっと自らの首の後ろを探る。彼の細い指先にチェーンが絡まり、それを持ち上げた。
しなやかな白い首筋から外されたそのチェーンが、月の手の中でしばし弄ばれ、突然、ひゅっ
とLに放り投げた。銀色の軌跡を描き、それをLは反射的に受け取ってしまう。チェーンに通さ
れていた、かつて彼にあげたリングが、ちゃりっと音を立てた。
 手を取り返してくれるだろう信じていた月の行動は、恋人である証のリングを投げるという最
悪の結果となった。
 「どうもオセワにナリマシタ。」
 彼は優雅にお辞儀をすると、背を向け、そして今度こそ振り返らなかった。




不思議の国の女王様は 今日も今日とて怒っています
なにを怒っているのでしょうか?
なにってそりゃあ、気に入らないことがあったのでしょう。
さあさ、今日も不当な裁判で 誰かの首がはねられるもよう。
さてさて懐中時計を持ったウサギといえば
いまだにえっちらおっちら走ってます
大丈夫大丈夫、まだ間に合うぞ裁判には
懐中時計をちらりとみつめ
えっちらおっちら 跳ねて走って




 「竜崎……本気ですか?」
 松田はずっと青ざめた表情で、Lに尋ねた。
 弥 ミサの尋問が開始され、それからしばらく経った後。他の面子が消え、松田と二人だけに
なると、聞くだろうと思っていた質問をやはり聞いてきた。
 Lはミサが映る画面に目を向けているものの、意識は上の空だった。
 「………月君を重要参考人と呼ぶだなんて……。」
 「理由は先ほど言った通りです。」
 夜神総一郎に話した言葉を、わざわざ繰り返すの馬鹿らしい。しばらく松田は押し黙り、
 「竜崎はそれでいいんですか?」
 Lは紅茶に砂糖を入れる。2つ、3つ、4つ、5つ入れたところで、誰もいないことをいいこと
に、本心をポツリと漏らした。
 「…………いいと思ってません。」
 「じゃ、どうして!?」
 「その前に一つ聞きましょう。松田さん。貴方は月君を愛してますか?」
 松田は躊躇いもなく頷いた。
 「愛してますよ。」
 「じゃ、キラでもいいと思います?」
 一瞬だけ逡巡して、それでも、
 「……ええ。」
 「私は彼にいいました。すべて目をつぶると。」
 松田が目を見開く。
 「……それって……。」
 「しかし、彼は私の言葉をはぐらかしました。つまり、自分のプライドにかけて、私にそんなこと
はして欲しくないと思っているんでしょう。彼がそう思っている以上、何も言う言葉はありませ
ん。」
 予想してなかったろうその事実に、松田は眉根を顰めていた。Lは自分自身に向けて冷笑を
漏らす。
 「最低ですかね、私のやった行動は。」
 「………法律的には共犯及び隠蔽工作容疑ってところですね。でも、きっと僕も同じ事をやっ
ているとおもいます。」
 彼もまた疲れた笑いを浮かべ、背を向けた。
 「でも僕は、彼を信じています。」
 「信じることと思い込むこと、これは同義語だと思いませんか?」
 「思いますね。でも、信じないことと裏切ることは同義語だと思ってます。」
 松田は静かにドアを開けた。
 「L。あんたはひとつ間違ったことを言いましたね。」
 「?」
 「自分で考えてください。」
 閉まった扉の音が、無情に、非情に、彼の耳に届き。
 一人になったLは、しばらく考えて、やがて携帯を手に取った。




まだ平気だぞ、まだ平気
懐中時計を片手にウサギは
大急ぎで女王様の閲覧室へ
走って転んで飛んでは跳ねて
時計の針は、予定時刻をまだ指さず
でも、ウサギは間違いを犯しました。
ウサギが持ってる懐中時計
実はちょっと遅れているんです
時計のネジを回し忘れ
針は無情にも
正確な時刻を指してはくれず




 すっかり暗くなった街中を、月は俯き加減で歩く。
 いつもはぴんっと張った背中も、しゃきしゃき歩く足も、今日はずいぶん疲れ気味。
 一緒に歩く死神は、ほんの少しだけ心配そうに、しかしその感情を見せずに、
 「…………どうした?Lに捕まることが怖いか?」
 「捕まらないよ。まだゲームは終わっちゃいない。」
 どうやら彼はそのことで悩んでいるわけではなさそうだ。自信満々な計画とは別に、プライベ
ートとして少々不安があるようだ。
 「…………ねえ、リューク。」
 「あ?」
 「遅いね……。」
 なにが?その意味合いでリュークは首を傾げるが、月はポケットの携帯をいじりながら、
 「………遅すぎる。」
 フォローの電話が遅すぎる。
 僕のことが心配なんだろ?
 スキならアイシテルならタスケタイなら。
 何度でも電話かけてこいこの爬虫類男。
 傲慢かつ高慢なその考え。しかし我侭なこの男は、それを信じて疑わず。
 ポケットの携帯が着信を知らせ、当然のように、それでも素早くそれを取り出して。



 何度電話をしても、相手が出ることはなかった。
 というよりは、電話を受け取ってもすぐに切るという、ふざけきったことを何度もやられた。
 それでも電源を落とさないのは、まだ間に合う可能性があるからだ。
 時間をおいては電話をする。メールはやらない。声を聞きたい。
 15回目の発信で、ようやく相手は切らなかった。ただ無言で、こちらの言葉を待っていた。
 「………月君。」
 『 (クスクス………)  。』
 「聞こえていますか?」
 『残念、きこえてませんよ。』
 「考えは、変わりましたか?」
 『 (変わってないってさ)。』
 「………すみません、貴方はキラじゃないかもしれないんですよね。」
 『 (あたりまえでしょ)  。』
 「ライ……」
 『遅い。』
 Lは口を閉じた。
 込み上げてくるのは、激しい怒り。
 腹底からしぼりだすように、聞き覚えのある声に言った。
 「………どういうつもりだ?」
 『さあ、どういうつもりでしょうかね。』
 「松田……何故、貴様が出る?」
 『そりゃ、僕が月君の携帯を持ってるからですよ。』
 「殺すぞ。」
 半分本気で脅すと、松田が飄々と、
 『だから、さっき言った通りですよ。』
 「なにが遅いというんだ?」
 『あんたよりも先に、僕が電話させてもらいました。』
 「………月君は?」
 『ベットで一緒にいます。でももう寝ちゃいましたよ。』
 何故、一緒にベットにいるのか。それはあえて問わずにおいておく。
 「……何度も切っていたのはお前か、松田。」
 『最初は月君が切ってたんですけどねー。途中で出ようとするので無理やり僕が切りました。
ベットでの最中、ずっと泣いてましたよ。彼。』
 「……………………。」
 『なにが間違いだったのか、わかりました?』
 「………さあ。」
 『はぁ〜、分かったから電話したわけじゃなかったんですか?』
 ふざけた溜息を吐く松田。
 『[何も言う言葉はありません]なんてことはないんですよ?誰だって、傷ついたら優しい言葉を
待ってる。恋人だったらとくに。月君=キラとしてみていたあんたは、なんだかんだいってフォロ
ーをすることを躊躇した。言い遅れたあんたは、今回負けたって事なんです。僕にね。』
 肺に溜まった重い空気が、ゆっくりと吐き出される。Lは頭痛を感じ、電話を切った。これ以
上、勝者の戯言を聞く気にはなれない。
 ポケットを探ると、返された指輪に触れる。
 冷たい感触は、もうその本人の体温に暖められることもなく。
 負け犬の遠吠えの代わりに、彼はもう一度嘆息した。




 時間に遅れた時計ウサギは
遅れたこととは、露知らず
女王様に、こう問います。
「さあ、女王様。次は誰の首を刎ねましょうか?」





残酷な言葉。
ウサギはそうとは知らず、
何時も通りに尋ねます。
まさか今度は自分の番だとは知らずに。






言い訳    
いえ…けしてここででてくる
時計ウサギは私の事ではなく…(焦)
ついでに『不思議の国のアリス』では
こんな台詞はでてきません。
ちなみに『』の空欄を反転するとおもしろいことが。


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