![]() 流してこのエンディングに臨もう!皆が心から盛大な拍手を送れる演技をしてあげよう!神様は なんってかくれんぼがお上手なんでしょ?僕は一度としてアンタの顔を拝んだことがない!恥 ずかしがりや?シャイな人?それとも血も涙もない極悪人?はっ、笑っちゃうねふざけんな。願 いぐらい叶えろよこの野郎。恋の女神とやらがホントにいるのであれば、そいつはよっぽど昼メロ ドラマが大好きなんだ。こんな陳腐なエンデェングしか与えられない神なんか、屑篭にポイ捨て してやるよ阿婆擦れ女! 僕は神様から素敵で陳腐で最悪な終末を頂戴しました!恋人をこの手で殺しちまったよまっ たくさ!それで涙が出てくるんだから、姿を現さない神か女神は、よっぽど僕に恨みでもあるん だろうさ! 「なにがいい?」 松田はテーブルのカードに手を置き、尋ねた。向かいに立つ月は、視線を彷徨わる。 「……ポーカーがいい。」 彼は頷き、カードを切り始めた。なにかを思い出すように、月は震える唇を開いた。 「あいつと付き合った切欠も、ポーカーだった。」 一瞬、松田の手が止まるが、すぐに再開される。消え入りそうな声音で、青年は続けた。 「貴方との最後にもポーカーだなんて、なんだか出来すぎているよ。」 「まだ、終わりとは決まってない。」 松田は、もう一度ルール説明をする。 「僕が勝ったら、僕の好きなようにさせてもらう。君が勝ったら、君の望むとおり…別れてあげ る。」 「もし、両者同じ手札だったら?」 「ポーカーに同じ手札は有り得ないよ。」 「両者『役無し』だったらどうするの?」 「そうだね……その時は……」 「その時は?」 うっすら皮肉にも似た笑みを浮かべ、松田は答えた。 「僕が君を彼の所に連れてってあげるよ。」 それはどうも。月は疲れた笑みを浮かべる。 カードが5枚、配られた。
未使用のシュガーポット
話の始まりは、何時だって唐突だ。 「松田さん。」 部屋から出て行こうとすると、呼び止められた。 振り返ると、月がパソコンの前でうつ伏せになっていた。寝ているのかと思ったのだが、違う らしい。恋人が息絶えたその場所に座り、彼は呟いた。 「別れて。」 松田は目を逸らす。 予感は、あった。 微妙なバランスで成り立っていた僕らの関係。やじろべいのように、あっちふらふらこっちふら ふら。でもけして落ちることがなかったそれは、片方の重さが無くなったと同時に崩れ去る。い や、重くなったの間違いかな?あの変態爬虫類が消え去った一ヵ月後、いきなり襲い掛かって きた喪失感に、僕はもう打ちのめされた。最悪だ。恋の女神よ、ぶん殴ってやろうか? 松田は、うずくまるように座る彼の背中を見る。 あの男が死んで暫くは、何事もなく日々は続いた。しかしある時、彼に明らかな狼狽の色が 浮かんだあのときを思い出す。 ある時の事。全員分の珈琲を淹れ終わり、そして月はテーブルにシュガーポットを置いた。そ してはたと気がつく。父も相沢も模木も、珈琲に砂糖は入れない。松田はミルクだけだし、もち ろん自分もだ。では、誰のためのシュガーポットか?甘党のあの男に珈琲を淹れた日々は、も うやってこない。あの男は何時だって、恋人が淹れた苦い液体に殺気を呼び起こすほどの砂 糖をいれ、味を殺した。顔に『飲みたくない』と明らかに書いてあっても、最後まできちんと飲ん だ。使われないシュガーポットを見て、慌てて月は自分の珈琲にそれを混ぜた。シュガーポット を置いた意味を無理やり作り上げ、甘くなってしまった珈琲を口に含む。甘い筈なのに苦いも のを飲んだような顔をして、月はそれを全て胃の中に収めた。 これと同じことが、5回、続いた。 慣れっていうのは怖いもんだね。ああ、くそっ、また泣けてきた。あの男が死んだことにじゃな いよ?自分が奴にどれだけ侵食されたってことさ。情けない。ああ、屈辱だ。 すんっと、鼻を啜る音が、松田の耳に届く。泣いているのかもしれない。何故?死んだ恋人の ため?それが悔しくもあり、悲しくもある。小さく震えるその背に、彼は囁いた。 「嫌だよ。」 正直な気持ちを。 「嫌だ。別れたくない。」 震えが大きくなる。 「…………ごめんなさい。」 月は一言、それだけを返した。 パソコンの起動している音だけが、二人の耳に届く。 「………わかった。それなら、」 松田は、出来るだけ冷たい声音で、こう提案した。 「勝負をしよう。それに君が勝ったら、別れてあげる。」 だから二人は、ポーカーをしている。 なんでさ、なんで?なんでこんなことになったのさ? 恋の神様はどうやら僕に死刑台に上がれと仰る。恋人をこの手で殺した報いは、終わりなき 喪失感と絶望感。ああ、今更さ!100人に聞いたら99人が今更だってツッコミ入れるぐらい今 更さ!今更死にたいぐらいに後悔したって遅いんだよ自分!でもその100人のうちの1人ぐらい は僕のこの悲しき運命に涙を流して抱きしめてキスしてくれると思ったんだ。その1人が目の前 にいる愛人だったらいいななんて地球が明日終わるぐらい都合のいい結果だったらよかったよ、 ああくそっ!だがどちらにせよ目の前の恋人は、僕が爬虫類を殺したことも知らないので、その 100人の中に入ることも出来ない。 カードは配られた。松田は手札を広げ、ちらっと月を見る。 彼は。 手札を、開いてはいなかった。 どうして別れたいのかって?そんな顔してるね。 犬を飼ったことはある?あるいは猫、亀、金魚、とにかくペットをさ。 いずれは死んでしまう。そしてやってくる号泣の場面。そして思うんだ。ああ、二度とペットなん か飼うもんか。絶対に、絶対に命あるものに情なんかうつすものか! だから僕は、恋人はもう二度と作らない。作るもんか。作りたくない。 だから、別れて。 「月君、どうしたの?」 松田は静かに問う。 「手札、早く見なよ。」 「………………。」 月は指先でカードの縁をなぞるだけで、それを捲ろうとしない。 なにか秘策でもあるのか、あるいは………。 「……チェンジは?」 松田が尋ねると、ようやくそこで彼は手札を開いた。暫く考えて、一枚捨て場に放り投げる と、カードを引く。 松田もまた、カードを引いた。 月が尋ねる。 「松田さん……僕が勝ったら……」 「うん、別れてあげる。」 「そう………。」 「でも、僕と別れた後、君はこれからどうするのかな?」 「考えてないや。」 「もう一度、付き合うとか?」 「勝負の意味がないじゃないですか。」 「そんなことないさ。君の心の傷が癒えて、そしたらまた、君の事を迎えに行くよ。」 「来なくていいです。」 「いいや、いくよ。絶対に。」 「……………………。」 そして二人は同時に、手札を公開した。 夜。 パソコンの青白い画面が、青年の顔を照らす。 誰もいなくなった捜査本部に、パソコンの起動音と鼻をすする音だけが響く。 「おーい、月。」 そんな寂しそうな青年の背中に、壁から出てきた死神が声をかけた。 月は振り返らない。リュークが心配そうに、 「なんだ…その…ほら、ミサといるのがつまんなくなったから…来てやったぞ。」 沈黙だけが、返ってくる。 「いや…ウソ。お前が心配になった。」 青年は口を閉ざしたまま。 「あー……ゴメン。なんだ、その、見てた。カードの勝負。」 「……屈辱だ。」 「俺に見られたことが?」 「見られたことも屈辱だし、勝負の結末も屈辱だ。」 ようやく止まった涙を拭いて、月はグラスを仰ぐ。アイスコーヒーで割ったワイルドターキーを 飲み干すと、また涙が出てきた。死神がおずおずと、 「なあ……なんでカードを変えたんだ?いや、理由はなんとなく分かるが……」 月の手札は初めスリーカードだった。しかし、彼はわざとチェンジの時に、同じ数字のその一 枚を抜いて別のものとした。結果、手札はワンペアとなり、松田のツーペアに負けてしまった。 「……あの男に『別れて[あげる]』だなんて屈辱的なこと言われて、僕が勝てるわけないだろ う?」 「まあ、そうだろうな……。」 だいたい予測していた答えだったのか、リュークは忙しなく視線を彷徨わせる。やがて何処に も話題に出せる物がないことを知ると、人間クサイ溜息をついて、 「………屈辱か?」 「屈辱だね。」 「自分で負けたくせに。」 「そうじゃない。結末がさ。」 勝負に勝った松田は、こう言った。 「別れてあげる。」 その言葉に、ようやく月の表情に変化が起きた。 何故?目で訴えられる。松田はカードを放り出し、 「今の君は、あの男しか見えてない。」 「そんな僕は、嫌い?」 「ああ、嫌いさ。他の男に囚われた君なんか、見たくない。」 「貴方の要望に一々応えてなんかいられないよ。」 「そうだよ。これは僕の我侭さ。でも恋愛は我侭の押し付け合い。違う?」 「違わない。でも僕が悲しいのは、松田さんと僕の関係がその程度で切れることさ。」 「じゃあ君はなにを望んだ?」 松田は両手を広げる。 「僕が君の足元に膝を折り、その手に口付けをして懇願する?もしそれで君の意思が変わる なら、涙だって見せるよ。でも君の意思は変わらない。いや、訂正しよう。変えることが出来な い。君は囚われたんだ。そうだろう?未練たらたら棺桶の前で泣き崩れていることを、君は選 択した。プライドを投げ捨てて君は今になって死者に恋をしたんだ。」 「違う!」 月は悲鳴のように否定する。だが、彼の言葉は止まらない。 「死者は生き返らない。君を慰める言葉もなければ、その御口にキス一つおとしてくれやしな い。カードゲームもしてくれないしベッドで囁いてもくれない。だがこの現実を君は予測していな かったわけではない、そうだろう?」 棘のある現実を突きつけてくる彼に、月は憎しみを込めた涙目で睨み付けた。 「貴方なんか……嫌いだ……」 「嫌ってよ。」 その台詞を待ち望んでいたかのように、松田は即答した。 「存分に嫌ってくれ。記憶に刻み込んでくれ。君は屈辱を感じている?『別れてあげる』と言わ れて、腹を立てている?そうしてくれ。そのために僕は勝負に勝った。いや、勝っても負けても 君は屈辱を感じるから、これはもともと勝負じゃなかった。頭のいい君なら分かるはずだ。」 「貴方なんか、嫌い!大嫌い!もう二度と僕の目の前に現れないでくれ!」 ヒステリックに叫び、青年は敗北の涙を流す。松田はゆっくりと背を向け、 「それは出来ないよ。僕は今の君は嫌いでも、やっぱり愛してるから。」 「僕はもう二度と、貴方なんか好きにならない。」 「でも僕のことは忘れることはない。君は屈辱を感じたから。」 「好きになんか、ならない。」 顔を覆い隠す月。松田は悲しい笑みを浮かべた。 「君の傷が癒えた頃に、またお付き合いを願いたい。何年たってもね。」 扉の向こうに彼の背中が消え、青年は独りぼっちになる。 「何年たっても、好きになんかならない。」 誰も聞いていないのに、月はいいわけのように繰り返した。 「リューク。」 ファッショングラスの中で、氷が崩れる。それを眺め、月は質問した。 「僕は未練がましい?」 「うん。」 親友はあっさり頷く。 しばらく月は無言になるが、続けて尋ねる。 「僕は馬鹿かな。」 「うん。」 「でも、後悔はしてないんだよ。」 「だろうな。」 「でもやっぱり悲しいんだ。」 「それはちょっと驚きだった。」 「うん、自分でも驚いてる。やっぱり意見の食い違いだったんだ。決定的な性格の行き違い。 それが僕とアイツが別れた原因だ。」 「死別だけどな。」 「洗脳しておけばよかったのかな。キラ様万歳って。」 「そんなLをどう思う?」 「ぶっ飛ばしたいね。」 「自分で言ったくせに。」 「リューク。」 月は突然、なにかを思いついたかのようにがばっと起き上がった。 「抱け。」 「ヤダ。」 速攻で返された。ぱたっとまたうつ伏せになり、 「……………僕はそんなに魅力がない?」 「魅力があるないうんぬんよりも、自暴自棄になっている相手に襲い掛かる男は最低だと思う からヤダ。」 「そっか。でも僕は自暴自棄になってないよ。たとえエイリアンのように卵を産み付けられても 全然気にしないから抱け。」 「映画の話をだすなよここで。それにお前は死神をなんだと思っているんだ…?むしろ思いっ きり自暴自棄じゃあ…?」 「すべての問いに答えられるほど、僕は全能ではない。」 「そっか。それはよかったな。思ったよりも元気そうだから俺は帰るから。」 「待て。」 「命令形かよ。」 「おすわり。」 「怒るぞ。」 「抱け。」 「ヤダ。」 「じゃあ、一杯付き合え。」 「まあ…それくらいなら……」 本当は林檎以外口にしたくないのだが。こっそりそんな思いを心の隅に置いておき、月が用 意するのを待つ。彼は傍に置いてあったグラスを手に取ると、ワイルド・ターキーを二割入れ、 そして珈琲で割ろうとする。と、傍に置いてあったシュガーポットに指が触れる。 「………………。」 アイストコーヒーで割るので、砂糖が必要なわけがない。甘みをつけるとしたら、シロップか炭 酸だ。それなのに、何時の間にか用意してしまったシュガーポット。 じわりと、涙がまた溢れてきた。 「あー…その……あれだ、俺、砂糖入りね。」 見ていられないというように、リュークが助け舟を出す。 ざっくざっくと、リュークの分に砂糖を入れ、月はまた言った。 「リューク。」 「抱くのは嫌だから。」 「……慰めて。」 「おー、よしよし。」 「…………抱けと言う意味をオブラードに包んだんだけど。」 「知っててやったんだけど。ってか、それ、砂糖入れすぎ。」 「飲め。」 「食えの間違いじゃあ…?」 ふんっ、清々してるよ。 何の話か?僕のことを愛して止まないあの爬虫類と年上男の話さ。ああ、そうさ。僕 がどれだけの屈辱を受けたか!罠を仕掛けられて鎖で繋がれて、キスされて、服を脱が され何度奴等の下で喘いだ?下品は話は止めなさい?僕は事実を話しただけさ。そうだ よ、愛し合った恋人だと思っていたのは奴等の頭の中だけさ、なんてお笑い種だろう! コメディ映画でも作成しましょうか?奴等との甘い甘い生活を編集したビデオでも流し ましょうか?甘すぎで気持ちが悪くなってくる!塩でも混ぜましょうか?奴等との感動 話には、涙で視界が滲んでくるよ!嫌い嫌い嫌い嫌い、大っ嫌いさ。死ねばいい、あ あ、片方は死んでたんだっけ。ダメだね、まだ実感がなくって。おい、リューク、触る な。僕に触れるな!なんだ?何様だ?神様か?仏様か!?僕に気軽に触れれると思うな 畜生、涙が出てるだと五月蝿い、お前の見間違えだ、触るな!涙ぐらい自分で拭ける! 違う!違う違う違う!僕は泣いてなんかない、泣いてなんかいない、これはこれはこれ は。 ただ、目にゴミが入っただけさ。
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