![]() 締め切ったカーテンから漏れる日の光が、舞い上がる埃をきらきらと照らす。使いにくくて大 きな、埃と一緒に生ぬるい風を吐くエアコン。日に焼けたソファ。硬いベッド。一年前を思い出 すと、とてもじゃないが入る気に慣れなかった安ホテル。一泊3980円。体を休めるためでは なく、身を隠すためだけの部屋は、逃亡中の月には心地好かった。 だがそれも、小うるさい子供が隣にいなければ不安を掻き立てる狭い部屋に過ぎない。 布団からのろのろと這い出て、テレビをつける。リモコンはなかった。手を伸ばしてスイッチを つけると、ニュースがやっていた。 キラの犯行が止まって一年、犯人はどうしてるかだの、キラ信者の自殺者数がどれくらいに 増えたなどと無感動に話すニュースキャスターに、月は目を背けて叩くようにスイッチを押し た。途端に静かになる小部屋。月が、小動物のように小刻みに震える。引きずってきたタオル ケットで体を包み、いつしか壊れた涙腺が抱えた膝を濡らした。 「メロ……早く、帰ってきて……」 テレビに寄りかかり、不安を紛らわせるように己の体を抱きしめた。 Lの墓は、外人墓地の隅にあった。 「よっ、と。」 ぱたんっと、メロは地面に足をつける。半分だけ出していた異形の羽が、少年の背中に吸い 込まれた。 月の所に早く帰りたい一心で、飛んできてしまった。あまり飛ぶことがないので落ちるかと思 ったが、以前よりも格段に飛ぶ能力が身についている。そういうことは、勝手に覚えてくれるら しいと、リュークが言っていた。 メロの羽は重い。 正直、すべての羽を出し切ったことはまだない。4分の3ぐらいで体に大きな負担がかかり、 膝をついて動けなくなる。別段、痛いともなんとも思わないのだが、動けないなるのは辛い。そ して。 彼の羽は、触れたもの全てを壊す。 物では、車や家、あるいは鉄筋コンクリートビルも砕けることがある。動物も然り。飛んでくる 最中、鳥を数匹、間違えて『切って』しまった。人間ではまだ、試したことはない。メロの羽で死 んだ場合、それは彼が殺したということで自分も死んでしまう。なにより、傍にいる月まで傷つ けてしまう。 面倒な羽だなぁとぼやき、花束を振り回す。月が買ってくれたものだ。Lが花を欲しがるとも思 えないが、死者への義理だ。しょうがない。 「……あれ?」 月から聞かされた位置に、見知った人影があった。こんな日本で知り合いに会えるなんて。 相手もこちらに……死神であるメロに……気がつき、Lの墓から顔を上げた。 「よぉ、ニア。」 メロは、文字通り旧友に出会った笑顔で手を振った。大量殺人犯のキラに片棒し、殺戮を繰 り返しているにもかかわらず、その笑顔に濁りはない。ニアは暗い面持ちで、一歩、後ずさりを した。 夜神月が潜伏しているホテルから、共犯者が出て行った。 捜査官達には見えなかったその共犯者……指揮をとっているニアは、はっきりとそう告げ、 夜神月を捕らえるよう指示をした。彼を守っている共犯者がいない今、月は警戒心を最大に引 き上げているだろう。 悟られぬよう、慎重にホテルを囲む。逃げ道は塞いだ。後は、共犯者を引きつけているニア の指示を待つだけだ。 ホテルから離れた外人墓地。緑の芝生に、白い石が幾つも並べられている。その隅。木々 の木陰で影が落ちた真っ白い墓には、名は刻まれていなかった。メロはニアの横に座り込み、 滑らかな表面を見つめる。 「へ〜、無名なんだ……可哀相……」 ま、俺らも知らないしね、と。気軽にメロが笑ってニアを見た。そこには、ニアの顔はなく、代 わりに少年が握った9mmハンドガンの銃口が、黒々とメロを見下ろしている。 なに?と首を傾げようとした瞬間、ニアは今までの誰よりも早く、確実に、躊躇いもなく。 引き金を、引いた。 不安に押しつぶされかけた月は、緩慢な手つきで鞄を漁る。指先に触れたのは、薬のビン。 慣れた手つきで、その蓋を開ける。ビンについていたラベルは剥がされ、なんの薬かは分から ない。恐らくは、裏で買った違法なものだろう。心を休める錠剤を、大量に掌へ載せる。口に含 み、ポカリスェットを仰いだ。ベッドの下でしゃがみ込み、メロの帰りを待つ。ベッドで寝たくはな かった。しばらくすると、ぐらりと視界が揺れ、眠くなる。 外の捜査官達が、確実に月の身柄を狙っていた。 衝撃に、メロの頭が揺れる。花束が落ちた。彼が、弾が当たった眉間を押さえ、呻く。ニアは 一瞬、どきりっとした。人間のような呻き声と、血に。本当に、友人を撃ってしまったのではない かと思って。 それは杞憂に終わる。刹那、メロがぱっと覆っていた手を離し、傷口を見せて笑った。 「なーんてな。驚いた?」 ニアが、目を背ける。傷が『再生』される場面を目撃して。 「なんだよ?死神が本当に死なないか、試してみたかったの?言ってくれればいくらでも見せ てやったのに。いきなりなんて、びっくりするじゃん?」 本当は、衝撃に気絶してくれればそれで良いと思ったのだが。ニアはだらりと銃を下げ、メロ をもう一度見た。 埃を払い、眉間から何かを取り除く。銃弾だ。ぽいっと、まだ熱い鉛を捨ててLの墓と向き合う メロ。落ちた花束を適当に墓に放り、祈りを捧げる。 口元でなにかを囁いた。聖者にも似たそれ。神聖なものの前で瞳を閉じ、息をゆっくりと吐く。 死神のくせに。ニアの心がささくれ立つ。 祈りは数秒で終わった。顔を上げたころには、いつものメロに戻り、ニアに軽く手を上げる。 「じゃ、俺、月のところに帰るな。」 帰った所でもう無理だ。指示は出した。あとは、一分でも長く足止めをするのみ。 「待ちなさい。」 ニアの言葉に、彼はあっさり立ち止まった。なに?と振り返る。 「………貴方は……」 足止めのつもりでもあったし、それは前から知りたかった疑問でもあった。 「貴方は、誰ですか?」 どうしてこんなにも自分は弱くなってしまったのだろう。 月は揺れる視界の中、ぼんやりと考える。 Lの墓には、一緒に行けなかった。怖かった。彼の墓に行き、己の中の何かに責め立てられ るのが。 だが、メロがいないというこの現状に、こんなにも恐怖を覚える。 ニアの笑い声が、遠くで聞こえる。 幻聴だ。分かってる。耳をふさいでも入ってくるソレ。 もう一度、薬を飲み干した。不安は刃となって、月の胸を何度も刺す。やめてくれ。もう、やめ てくれ。 月が意識を手放そうとした瞬間、捜査官達が部屋に突入する音に、顔を上げた。 貴方は、誰ですか?その疑問を頭の中で反芻させ、メロは首をかしげた。 「変なこと、聞くなよ。」 「いいえ、至って真面目です。」 「俺は、俺だよ。メロだよ。他に誰がいるんだよ?」 日の光で出来た木陰が、メロの顔を暗くさせる。 「では。」 ニアは、尋ねた。 「私は、誰ですか?」 「ニアだろ?」 「わたし達、何処で出会いましたっけ?」 「ワイミーズハウス。」 「ロジャーのことは、覚えてます?」 「覚えてるよ。」 「リンダは?」 「……覚えてるよ?」 「どんな髪の色だった?」 メロの表情が、段々と曇る。眉間に皺を寄せ、空白を置いてから、 「茶色?」 「………テッドは覚えてる?」 明らかに狼狽した素振りを見せ、メロは慌てた。 「えっと……白人の子だっけ?」 「メロ。」 哀れみを込めた目で死神を見つめ、ニアは首を振る。 「テッドなんて子は、いませんよ。」 「………………。」 「もう一度聞きます。私は、誰ですか?」 メロが、後ずさった。更に濃い木陰が、メロに落ちる。 唇を震わせ、一度下を向いてから、ニアの顔を見た。 「 」 ごく一部のものしか知らないニアの本名。死神の目を瞬かせ、メロは笑った。 「……で、いいんだよな?」 ここまで、記憶の障害が出ているとは。ニアは顔を歪ませる。 彼はもはや、見える名前でしか知人を認識していない。 彼の見える世界がどんなものなのか、人間のニアには計り知ることは出来そうもなかった。 「メロ……記憶が、ないんですね?」 「ち…違う!」 慌てようから、メロがそのことについて『拙い』ことであるとは分かっているようだ。 「ただ……少し忘れてただけだ!お前が……俺らのことを追い回すから、ちょっと、疲れてる だけ、だ。別に……記憶が無くなったわけじゃない!」 言い訳をする子供のようだ。ニアは視線に冷たさを含める。 「貴方は死神になってから、記憶障害に陥っている。それも、重度の。」 「違うって」 「でも、ソレは本当に記憶障害なんでしょうか? こんなことを考えたことはありませんか? 貴方は実は、メロの姿をしただけの死神だと。」 「違う、俺は、中身は」 「ただの死神が、夜神月に恋をして、メロの記憶を偽っていたとか。その偽りが何時の間にか 本当のことだと思うようになったとか。」 「……………」 「貴方はメロではない。私の知っているメロは……私に出会った瞬間、殴り殺すような性格で したから。」 メロが、幼い子供のように俯いてしまった。唇を噛み締め、違う、ともう一度呟く。 「違う……俺は……メロだ。覚えてる。それに……俺は、中身は、人間だ。」 「記憶も体も、感情すら人とは異なっているのに?」 「……月と……」 そっと、己の手を見る。ぎゅっと、握り締め、なにかを噛み締めるように微笑んだ。 「月と……一緒にいると、ソレを思い出す。月が俺に、感情を思い出させてくれる。アイツが安 心した顔をすると、なんだか、胸の奥の緊張が解れて……これが、ほっとするってやつだろ?」 ニアの目が、ナイフの切っ先のように細くなる。メロはそれに気がつかず、意気込んで訴え た。 「なあ、もう月のこと、追い掛け回すのやめてやれよ。泣き虫なんだ、あいつ。一人でいる今 も、きっと泣いてる。帰らなきゃ。ごめんな?もう、俺、行くな?あんまし話できなくて、残念だけ ど。」 「月はもう、部屋にいませんよ!」 背を向けるメロに、ニアは吠えた。 「月はたった今、捜査員達に『保護』されました。ホテルに帰っても、誰もいません。死神にな って知力も落ちましたか?私が偶然、ここにいるとでも思いましたか!」 再び、銃を構えるニア。メロは背を向けたまま、黙する。 日差しに暖められた風が、小枝を揺らす。きらきらと、影と光がメロの髪を照らした。 振り返った死神の表情は、優しかった。 大切な人が捕まったと聞かされても、かつての友人に銃を構えられても、そんなことはなんの 障害でもないと答えているような。 「ニア……しょうがない子だなぁ。」 ぞくりっ。その気配に、ニアの背筋が悪寒を覚える。 メロはちらりと、草むらに目を向けた。慈愛に満ちた目を少年に戻し、 「カミサマはね。なんでも出来るんだぜ?」 ついっと。指先を、隠れていた捜査員達に向け、 「月を捕まえる捜査員達を操ることなんて、簡単なんだよ?名前と、操る内容を書けばいいん だ。代わりにその人の命は消えうせるけど……そこにいるお前の仲間に、ウソの情報を流して から死なせるぐらいは、簡単に出来る。」 こいつ、知っていたか。舌打ちするニア。 「俺が、知らないと思った?言っただろ?カミサマはなんでもできる。なんでも分かる。きっと 今頃……月を捕まえようと意気揚々としていた捜査員達は……ねえ?分かるだろ?たぶん、 月の目の前で、ばったり、なっちゃったよ。『夜神月を捕獲できずに』って書いておいたから。目 の前で怖い奴等が全員死んだら、きっと月だって安心する。俺がいつでも守ってるって、分か ってくれる。嬉しいな、認められるのって。」 だめだ。メロを精神的に追い込もうとした作戦は、土台、無理であると判断する。 もはや、彼の精神はもう……。 「化け物……」 思わず呟いた言葉に、メロがぴくりと眉を動かす。 「……違うよ。俺、そんなんじゃない。」 「いいえ、貴方はメロでもなんでもない。ただの愚かな死神です。 人間を平気で殺しておいて、違うというつもりか!?」 「ニアだって、死ぬって分かってて沢山の人間を俺のところに送り込んだだろ? ほら、ニアも同じ。 俺と、同じ。同じように、人の命を奪う。 それなのに、俺だけ化け物扱い。ひどくない? 俺は、月を守るために殺すんだ。 だから別に……人を殺したいと思って殺したことはない。 お前達、人間みたいに。」 次の瞬間……死神がその背に翼を生やした瞬間……ニアは、恐れ戦いた。 羽。 翼。 これが? ニアは首を振る。違う。これは、そんな生易しいものではない。 「ニア……怖い?」 怖い。奥歯が震えで音を鳴らす。 生き物として生れ落ちた時から備え持つ、生存本能という警鐘が、羽を見た瞬間からけたた ましく鳴り響く。 「怖がらないで……帰るだけだから。」 剣の刃の部分だけを、寄せ集めて出来たような羽だった。 想像できるだろうか? まだ成長途中の少年の背中に、剣の刃が何十本、何百本と生えている、その姿を。 見ているこちらが辛くなり、泣き出してしまうような痛々しい姿。 だが笑ってる。 痛みに顔を歪めることなく 羽と呼ぶ刃が、金属が擦れ合う音を奏でて背中から突き出しても 笑ってる。 笑ってる……。 「メロ!」 ニアは死神の名を呼んだ。今の彼に、他の名前が思いつかない。 再び、引き金を、引く。 玩具のような音を立てて、銃弾が発射された。無駄だと思われたその攻撃。その特殊な銃弾 がメロの胸に命中すると、赤い液体が飛び散る。 血……では、なかった。ペンキかなにかだ。メロがはっとする。 草むらから、木の陰から、隠れられる場所から即座に、武装集団が現れる。彼らが向ける銃 口は、一斉にメロ……ニアがつけたペンキの部分を狙っていた。 ニアは目を逸らす。 「貴方……壁をすり抜けることは出来ても、体の全部を透過させること、できないでしょう?ま だ、死神としては子供だから。さすがに銃弾を全部食らえば、貴方とて気絶する。リュークさん が言ってましたよ。 メロ……テッドのことを、本当に覚えてないんですね。昔……わたし達が子供だった頃、よく 貴方を世話してくれた人だったじゃないですか。彼が事故で死んで、一番嘆き悲しんだのは… …貴方でしたよね? それすらも、忘れてしまったんですね。」 目を見開くメロ。脳内から、その情報を探り寄せ、見つけた。ああ、と手を打ち、 「そういえば、そんな人もいたなぁ。」 と、のんびりと答える。 ぎりっと、ニアが食いしばった歯が軋んだ。 「……………撃て」 小さい声だったにもかかわらず、訓練された彼らはそれを聞き取り……命令を実行した。 困ったな……。 さっきから……遠慮無しに……撃ってくるけど…… 痛くないけど…… 意識が薄れ る ああ 拙い 視界が 頭 撃たれ なにも 見 ない このま 月 連れ いか ニア どう て 俺達 だったろ? どうし う 全員 殺 かな? ニアも? だめ 殺せな だってアイツは だから でも どう ようかな しょうがない ごめんな? 謝るから 悪気はないんだ だから ごめんな? ニア ニア? 気がつくと、銃弾の嵐は止んでいた。 「……あれ?」 何度か目を瞬き、意識をクリアにする。 銃を構えて威嚇する捜査員達が、メロの周りを囲んでいた。 そしてそのうちの一人……ヘルメットを被って顔はわからないが、体格から見て女性と思わ れる捜査員が震える声で化け物に叫んだ。 「ニ……ニアを……離しなさい!化け物!」 きょとんと、メロは首をかしげ、ふと、自分が何かを持ち上げていることに気がつく。 抵抗のないニアの首を、片手で締め上げている自分がいた。 ぴくりとも動かない。微かな体温が、掌から伝わってくる。 不思議だ。無抵抗で、背が小さいのはわかるが、こんなにニアって軽かったんだ。 「……あっ、やべっ!」 殺してしまったら自分も死ぬ。ぱっと離すと、ニアが糸の切れた人形のように転がった。 そんなに強くは絞めてないと思うのだが……ニアの体を見ると、至る所に傷ができ、胸から 肩にかけて致命的な裂傷がある。ああ、抵抗しているうちに、自分の羽に触れたのだ。 「後遺症とか……あるかな?どうだろ?」 顔を覗き込む。虫の息をしている少年の寿命は、ある程度減ってしまったが、死にはしなさそ うだ。さすがニア。図太い。 「ば……化け物は!?」 「わからない……」 「誰か、ニアを……」 「し、しかし、まだ傍に化け物がいたら……」 指示者をなくしてうろたえる彼ら。メロは切れ端を取り出し、初めに口を開いた女性にちょい っと触らせた。 「!?」 「今すぐ病院に連れて行ったほうがいいぜ?命には別状ないと思うけど。」 使えない部下のせいで死んだら彼も怒るだろう。一応、そう言っておく。ニアにつけられた即 効性のペンキは剥がれたみたいなので、さっさと帰ることにした。 「あ、そうだ。」 前々から、ニアに言っておかなければと思っていたことを、その女性に伝えておくことにした。 「ニアに大事なこというの忘れてた。 ホントは、死神はこんなこと言っちゃいけないから……内緒だぞ?」 人差し指を唇に当てて、メロは笑ってこう言った。 「ニアの寿命……あともう少しだから。」 月の元に帰ると、入口で捜査員達が息絶えていた。それを踏み越え、部屋の中を確認する。 「ごめんな!月、遅くなっちゃっ…て……」 メロの目に飛び込んできたのは、足元に薬瓶を転がして眠る、月の姿だった。 以前、なにかの映像で同じようなものを見た記憶がある。そう……あれは、自殺者が大量服 用だかなんだかで、命を絶つシーン。まさしくその光景が、目の前にある。 「……月?」 ベッドの傍で蹲る青年に駆け寄り、顔を見る。寿命は変わっていない。しかし、他の人間たち に感じる安心感は得られなかった。 もし、これで起きなかったらどうしよう? その想像が、メロの頭の中を真っ白にする。月の持っていた薬の量では、そんなことにはな り得ないと考えれば分かるのに、メロは激しく月を揺さぶる。 「月……なあ、起きてくれよ。ごめん、一人にさせちゃいけなかったよな?ごめんな、もう、そ んなこと、しないから。月、月、月!」 最後に、より一層大声で名を叫ぶと、月の瞼が微かに動いた。 息を止めて観察すると、月はゆっくりと目を開ける。 「……め…ろぉ……?」 多少舌足らずであるものの、意識の混濁程度で済んでいるらしい。久しぶりに沸き起こった 不安という感情が消えて、安心という優しい暖かさが灯る。 何も言えずに月を強く抱きしめると、月が途切れ途切れに、押しつぶした不安について話し た。 「ひとが……目の前で……死んだ………」 「そうだよ?俺が守ったんだぞ?だから言ったじゃねぇか。俺がLの墓に行っても、なんにも 心配することはないって。捕まえに来た連中がお前を見たら、全員死ぬから大丈夫だって。あ あ、でも……やっぱ、一人にはできないな。怖かったんだよな?ごめんな?」 月はメロの胸に顔を埋める。そうしなければ、憐れな彼らの亡骸が視界に入ってしまうから。 「ちがうの……」 「?……なにがだ?今更、強がんなくたっていいよ。」 「ちがう……ちがうの……」 「月が泣き虫なのは……ほんとにもう……今更の話なんだから……」 「ちがうの……」 月は泣き続けた。 だが、真実はいえない。 違う 怖いのは、お前なんだ 目の前で 人が死ぬと聞かされた。 その時の僕の不安を お前は、理解できていないのだね? でも、いえない。 いえない。いえない。いえない……。 メロ……お前を傷つけるのが怖いから…… なんて 詭弁だ 「う……ひぃっく……」 「ああ…もう…泣くなよ。泣くなって。」 本当は 捕まるのが、怖いんだ あれだけ人を殺しておいて 一度捕まったあの怖さを 味わうのが、怖いんだ ごめん 僕は、お前を利用してる 在り来たりな理由を盾に 僕はお前に、一番辛い部分を押し付けている 「ごめんね……ごめん……」 「?なにが……?」 お前が理解していないのをいいことに、僕は、お前に お前に…… 「ごめんね……」 人を、殺させている
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