しにたい]]−Y〜Z


 たすけて

 「ニア」

 たすけて たすけて

 「ニア、おきて」

 いやだ
 起きたくない

 「ニア」

 起きたくない
 目覚めたくない
 あんな世界なんか
 あんな現実なんか
 誰か
 たすけて

 「たすけてあげようか?」

 目を開ける。
 自分を覆い被さるように覗き込んでいる、メロの顔。
 全てを赦し、安心させ、穏やかに瞼を下ろさせてくれるような、優しい微笑み。

 「たすけてあげるよ」

 刹那
 少年の背中から、異形の翼が音もなく生える。
 白刃を寄せ集めたような冷たい羽に目を奪われ、体が痙攣する。
 さらに、死神の背後にはいくつもの死体が

 「おやすみ」

 メロの冷たい指先が、首に触れる。
 その感触に…………





 「……ニア!」
 名前を呼ばれ、目を開ける。
 相変わらず現実はそこにあり、ニアは身を起こそうとした。
 「……!いきなり、起きてはいけません!倒れたんです。覚えていますか?」
 それを押さえつけたのはハルだった。周りを見る。捜査本部の一室に医療用ベッドをつけ
た、簡素なもの。
 病院に運ばれたのではないと判断して、ハルの手を払いのけ立ち上がった。
 「もう大丈夫です。仕事に戻ります。」
 「駄目です…!傷口からの出血がまだ治まっていないんですよ!?」
 「ベッドに寝ててもイスに座ってても同じようなものでしょう?大丈夫で……」
 重い体を引きずって扉を開けると、目の前にはレスターが立ちふさがっていた。眉根を顰め、
横をすり抜けようとすると、肩をつかまれる。
 「ニア」
 「何度も同じことを言わせないで下さい。もう大丈夫です。」
 「いいえ、寝ていてもらいます。」
 命令的に言われ、むっと相手をにらみつけると、冷めた視線が降り注いでいた。
 「また、倒れられては困りますから。」
 「……!レスター…!その言い方はないでしょう!?」
 「じゃあどう言えばいい?」
 ハルの批判を撥ねつけるレスター。
 「自分で体の管理が出来ないのであれば、我々が管理するしかないだろう。またいつ、『あの
ような』発作が起きるか分からないんだぞ?」
 「だったら、医療施設に……!」
 「わかりました。」
 ニアが鋭く二人の言葉を止める。踵を返し、ベッドに戻る。
 「レスター。捜査資料をここへ。私はもう少し休みます。」
 「はい。」
 一礼し、背を向けるレスターに、ふとなにかを思い出したかのようにニアが呼び止める。
 「あの……」
 「はい?」
 眉間に皺を寄せ、ニアはなにかを思い出す仕草をする。
 「……私……倒れる時に……なにか言っていました?」
 レスターは、無感動な声でこう答えた。
 「いいえ。なにも。」








 なにかあったらしい。それぐらい、俺にだってわかる。
 それがとても、良好とは言いがたいものだったことも。
 泣き腫らした目を擦ってキッチンに立つ月と(目を擦っているから、たぶんまだ泣いてる)、
 ソファの上でクッションを抱き、放心状態を続けているメロ(こっちも目が赤いから多分泣い
た)。
 二人の間に、海よりも深い溝が出来上がっている。
 ………もしかして、俺のせいですか?
 聞いたら全力でイエスの答が返ってきそうな雰囲気に、俺は小声で「た、ただいまー…」と挨
拶してみる。月は何度も目を擦り「ぉかえり……」と、俺よりも数段小さい声で呟いた。メロに関
しては数秒間があった後、「あっ、ああ、マットか、うん」と意味不明な答を返してきた。そしてま
たぼーっと、意識を飛ばしている。
 ……………気まずい…………。
 しかし、二人にはその空間を改善しようという気にはならないらしく、完全に己の殻の中に閉
じこもっている。
 なんとか状況を打破すべく、俺は月に(メロは文字通り話にならない)話しかけた。
 「へ…へー…チョコレートドリンク?作ったんだ。」
 「うん……材料……買ってきて……。ねえ、牛乳ない?」
 切らしていることを伝えると、月が俺にだけ……本当に俺に対して『チッ』と腹黒く舌打ちし
た。その機嫌の悪さに俺が青ざめていると、月は今の腹黒さを完全に隠した声音でメロに言
う。
 「メロ……ちょっと、コンビニ行ってくるね?」
 無言だ。おそらく、本人は聞いていない。しかし月は、メロが不機嫌で無視したと思っている
のだろう。寂しそうに下唇を噛み、また目元を擦る。
 だが、ぐすっと鼻をすする音に、メロがぴんっと反応して振り返った。
 「え?え?あ、え?なん、なんか今、言ったか?ごめ……」
 「…………………」
 「…………………」
 まずい。かなり反応が鈍い。
 月は笑いながら目を擦った。
 「ううん。ちょっと、コンビニに行ってくる。」
 するとメロはまだ混乱しているのか、
 「え!?だ、駄目だ、危ない!一人は……駄目だ、俺と一緒にいよう!?」
 ………確かに、この辺は治安が悪い……が、それなら一緒にいるんじゃなくってお前も行け
よというツッコミすら自身で出来ないのか、メロが立ち上がって月にしがみ付く。
 ぎゅーっと子供のようにしがみ付くメロの頭をなで、月は擦って腫れた目を細めた。
 「ん……大丈夫だよ。すぐ、帰ってくる。マットについていってもらうから。」
 「でも…ああ、また…泣いてたのか?ごめんな…気づかなくて……赤くなって…擦っちゃ駄目
だっていったじゃん…」
 人の話を全然聞いてないメロは、月の泣き腫らした目にそっと触れている。
 …あのー…俺がいるんですけどー…と言いたい俺を眼中から外し、その赤く腫れた皮膚に口
付けるメロ。擦れた部分に舌を這わせる艶かしさに、俺は目を逸らす。頼む、イチャつかない
でくれ……。
 赤くなった俺の顔を見て、ようやく己等の恥ずかしさに気づいた月がメロを引き剥がす。
 「も…もう、大丈夫だよ。」
 「でも…」
 「もう泣いてないから。ね?ほら。」
 笑顔を見せられ、メロが安心した表情をしている。ソファに座らせ、月は手を振ると俺に振り
返った。
 「さて、マット。」
 と。
 ものすごーく冷たい表情を(メロの角度からでは絶対に見えないことを計算して)俺に向け、こ
ういった。
 「……言いたいことがあるから、ちょっとついてきて?」
 ……話したいこととか聞きたいこととかじゃなく……『言いたいこと』デスカ……。
 言いたいこと…言いたいこと…ああ、言いたいこと…ね……
 もしかしてメロの奴……裏切ったのでショウカ……?
 えー…もしかして……八つ当たり?




 八つ当たりされた。
 「どういうつもり?」
 コンビニに行く道すがら、月は完全に責め立てるような口調でそう聞いてきた。
 「いや…あの………」
 「馬に蹴られて死んじまう奴は、なにを邪魔したと思う?」
 「さ…さあ?」
 「けしかけたんだね?そうだろう?」
 「ち…ちが……」
 「昨日、言ったよね?」
 「…………………」
 「邪な考えを吹き込むな、と。」
 ぶわっと。
 目には見えない殺気が、俺の横で膨れ上がる。
 俺は地面を見つめながら、汗を拭き拭きいいわけをした。
 「け…けして…邪な…わけじゃ………」
 「ふーん、なんて言ったの?」
 「ら…月……ずっと待ってるぞ…って………」
 途端、月が黙り込む。ちらりと盗み見ると、顔をほんのり赤らめて視線を逸らしていた。
 そうだよ。だいたい、俺は事実を言っただけなんだからなにも悪いことはしてない。いやだ
が、場所と時間を提供してしまったのは俺だし……うーん……。
 そもそも、なにがあったのだろう。セックスで気まずくなること…?…………なんだ?無理矢
理ヤる以外になんかあるか…?……変な道具使おうとしたとか?
 「あの……ごめん……仲違いさせるつもり……なかったんだけど……」
 「それは違うんだ。僕が悪い。」
 月が、自分の非をはっきり認める。
 深い溜息を吐き、空を見た。
 今日も快晴だった。
 「昔の男の名前を……最中に、言っちゃったんだ。」
 ………それは、まあ……
 「き…気まずくなるな……」
 「ははっ…だろ?」
 そして、物凄く寂しそうな顔をして、
 「だから……僕が全部、悪いの。」
 そう言って、俯いてしまった。
 何時の間にか、コンビニは目の前だった。買うものを買って、外に出る。袋は俺と月で一つず
つ持った。重いのは俺が持った。ずっしりと、重みが俺の手首を痛くする。
 本当は
 色々なことを、言いたい。
 月は、悪くない。昔の男の名前を言っちゃったのだって、好きだったから、思い出しちゃった
から、言っただけなんだ。だから、そんな、思い詰めないで。悲しいこと、思わないで。
 もちろん、メロだって悪くない。泣いてた。あいつ、珍しく泣いてた。きっと、名前を言った月に
酷いことをしたんだと思う。でも、後悔して、謝って。きっと、今頭の中で月のことしか頭に入っ
てないから、なに言っても無駄なんだ。月もそれ、分かってる。
 だから、考えが上手く纏まらないけど……。
 「ら…月!」
 真横にいるのに、なんか変に大声を出してしまった。
 「あの……悪いのって……全部、俺でいいから。」
 なんの話しかと目を瞬かせ、さっきの話題だと理解した月が間を置いた後「ありがとう」と笑っ
てくれた。
 やっぱ……笑うと可愛い。自然と俺の顔が赤くなる。
 「……っていうか、次、メロに余計なこと話したらどうなるかわかってるよね?」
 ぎらっと目が光り、またその話に戻す月。今度は青くなってしまった。「だから、邪じゃないって
……!」俺が慌てて弁解した瞬間。

 爆発音。

 街に不似合いな、劈く爆音に、俺達は自然と身を屈める。
 「な…なんだ!?」
 振り返ると、黒煙が一筋、向こうの通りで上がっていた。火事にしては爆発音が激しかった。
 「なんだろうな……なあ?月。」
 何気なく聞いてみると、月の顔が青い。がちがちと歯を震わせ、蒼白で黒煙を見つめている。
 「……月?行ってみるか?」
 どうしたのだろう。気になるのか。じっとその方向を見つめ、動こうとしない。向かおうとする俺
の手を、力強くぐいっと引く。
 「……メロ……」
 「え?」
 「……なんでもない。帰ろう……」
 ほぼ俺を引っ張る形で、月は足早に立ち去る。俺はもう一度、その黒煙に目を向けて……。

 なんだ?

 ……今、何かが『飛んだ』。

 羽があった気がした。しかし鳥にしては大きい。それに……なんだろう。

 人?

 まさかな。俺は頭を振り払い、見えなくなるまで『それ』を目で追っていた。







 走る、走る、走る。化け物はいない。背後を振り返り、少年は誰もいない裏路地に転がり込ん
だ。
 その少年は、先日マットの家でパーティーを開いていた人間の一人であった。ぜいぜいっと
息を切らせ、ゴミ箱に寄りかかる。換気扇の悪臭が、空気と一緒に肺に入って咳き込んだ。
 なんだ?
 なんだ、今の『アレ』は。
 振り返る。脂汗を拭い、全身を駆巡る悪寒と恐怖に身を震わせる。
 建物が崩壊した。それ自体は……確かに事件だが、不可思議ではない。
 問題は、建物から這い出てきた『アレ』。
 『アレ』と目を合わせてしまったために、少年は全力疾走を強いられる羽目となった。
 「なんだよ、なんで、まさか、そんな、いや、でも、どうして、どうして、どうして!?」
 背後を凝視し、誰も追ってきていないことを確認する。喉に詰まった痰を吐き捨て、壁にもた
れかかった。
 次の瞬間。
 少年は喉の奥で悲鳴を上げた。
 『アレ』が、目の前にいたのだ。
 「あ……あ  ああ   あ あ」
 「どうしたの?」
 ソレは、異形なものを背中から突き出したまま、首を傾げた。壊れた機械音のように、少年
は言葉が上手く出ない。
 「逃げるなんて、酷いじゃん?」
 ゆっくりと、手が伸びる。少年は逃れることが出来ない。……生命危機に直面した蛙のよう
に、目の前の蛇に逃げるという反応が出来ない。
 するりと、冷たい指先が少年の喉に触れる。
 「どう…して……嘘だ……どうして…おまえ………」
 「ん?」
 ソレは、優しい瞳で聞き返した。
 「どぉして……!?メロの…姿……してんだよ!!」
 仲間だと思っていた、ある種の絶望的な裏切り。
 背中に白刃の翼を生やした化け物は、しばらく考えているようだった。
 優しい瞳から一転、泣き出しそうな悲しい瞳を携え、
 「俺……やっぱり、人間に見えない?」
 途端、少年の意識に『ソレ』=メロという形式が生まれる。
 「まさか……本当に、メロ?」
 ここでようやく、喉に触れた手を思い出して、
 「た……たす…け……」
 「俺、人間に見えない?」
 「たすけて……!言わない!誰にも言わないから!」
 「見えないんだ……やっぱり……」
 寂しそうに、ぽつりと呟く。
 「月の……嘘つき……」
 「メロ……!」
 「大丈夫、助けるよ?」
 触れていただけの手に力を込めるメロ。月を発見し、つけていた捜査員を殺した現場を目撃
した友人。実はまだ、殺すか殺さないか迷っている。
 「……誰にも言わなければ。」
 「言わない!約束する!本当だ!」
 涙を流し、命乞いをする人間に、死神は笑った。
 「どうかなぁ……」


 「人間って、嘘つきだから。」




 リビングの扉を勢いよくくぐる。ソファを見た。誰も座っていない。キッチンを覗いた。誰もいな
い。寝室に顔を突っ込んだ。姿は無い。
 いない。メロがいない。その事実を目の当たりにした月は、ぺたりと座り込んでしまった。
 どうして?
 戻ったんだろ?
 人間の感覚に。
 ならば、何故?
 「ど…どうした?月…」
 何故?人を殺すの?
 横で心配そうに窺っているマットを押し退け、ふらりとソファに向かう。座ろうとして、足元の何
かを蹴ってしまった。
 メロだった。
 カーペットの上、ソファとテーブルの隙間に体を捩じ込み、丸まって寝ている。月のつま先に
反応して、口の中で寝言を言いながら身動ぎをしていた。
 「らぃ……」
 なんの夢を見ているのか。幸せそうに顔をクッションに埋めている姿を見て、月の目から何時
の間にか涙が零れる。ああ、良かった……。
 傍にしゃがみ、メロの頭をなでる。その様子を見ていたマットは、複雑そうな表情で二人を見
ていた。
 「メロが……どうかしたのか?寝てるみたいだけど……」
 「うん、そうだ…ね……」
 ふと、安心した月の心に波紋を広げるように、疑問が投げかけられる。
 死神は眠らない。だが、メロは寝ている。
 何故?
 「メロ…?」
 体の感覚も、人間に戻りつつあるのだろうか?
 まさか、そんな。心配になり名前を呼ぶと、メロは唸りながら寝返りを打った。……やはり、た
だ寝ているだけに見える。リュークも昼寝をしていることがあった。それほど心配することでは
ないのだろうか?
 それに、この安心した顔を見ていると……なんだか、こちらも安堵する。
 「そうだよね……ずっと……ずっと寝てなかったんだもんね。」
 月は、メロの瞼にそっと唇を落とした。

 「おやすみ」

 その時、月は気がつかなかったろう。
 はためくカーテンを揺らしていたのは、開いていた窓からだった。月が行く時には、開いてい
なかった窓。メロが、外へと飛び出して、戻ってきた窓。
 月は気がつかなかったろう。
 そのカーテンが、鋭利な刃物のようなもので、ざっくりと切られていたことに。
 触れただけの羽が、柔らかな布を傷つけたことに。





 また、メロに殺される夢を見た。
 彼の指先が喉に触れる瞬間に目が覚め、ニアは天井を見つめる。
 「ニア」
 レスターに呼ばれ、目だけ動かし姿を確認する。
 「ちょっと……」
 呼ばれて行って見れば、捜査本部に少年が一人。酷く憔悴し、怯えきっている彼に、ニアは
視線でレスターに意図を尋ねる。
 なんでも、夜神月の行方を追っていた捜査員の一人が、例の如く建物の下敷きになって死ん
だそうだ。その現場の近くで、化け物がどうとかと呟いて怯えているこの少年を発見したとい
う。
 捜査員の死。建物の崩壊。化け物。幾つかの条件が重なり、重要参考人としてここにいるら
しい少年に対し、ニアは静かな声音で尋ねた。
 「名前は?」
 少年が名前を答える。さらに、こう重ねて聞いた。
 「助けて欲しい?」
 この率直な質問に、少年は目を丸くして、何度も頷いた。涙を流し、頭を床にこすりつけるよ
うに頼み込む。ニアは無表情のまま、背を向けて一度部屋を出る。
 ニアが帰ってくる間、捜査員達は総出で少年から話を聞こうとするが、怯えきっている彼が真
実の片鱗を見せてくれる気配はない。そうしている間にも、ニアが帰ってきた。手元には、一枚
の紙が。
 ……ニア?誰かが、呆然と名前を呼ぶ。
 ニアは、少年の目の前で……その紙に、なにかを書き始めた。
 名前、時刻、死亡内容……いまから少年は死に対してなんの恐怖も抱くことなく、安らかに死
ぬ……すべての真実を話してから……そのような内容の文を書き終え、ニアはじっと少年を見
つめた。
 途端、少年は話し始める。
 仲間のこと、メロのこと、居場所、爆発の現場、追われる恐怖、そして化け物……話の最中
に、月という名前が出てきた時以外、ニアに反応は無かった。捜査員達が血眼になって探して
いた情報が、そこにあった。
 そして少年は死んだ。
 穏やかに。幼子が眠りに身を任せて瞼を閉じるように。ゆっくりと肺から息を吐き出した後、
少年が再び息を吸い込むことはなかった。ニアはじっと…どこか羨ましそうに…少年の死を受
け止めている。
 「ノートを…使ったんですか……?」
 誰かが再び、非難を込めた声音で言った。ニアは背を向け「後は頼みます」とだけ残して去ろ
うとする。
 「ニア……!な、なんてことを!」
 ジェバンニが慌ててニアの肩を掴んだ。その細さに思わず掴んだ力を緩めると、ニアがきょと
んとした顔で彼を見上げる。首をかしげ、聞いた。
 「……私を、処刑台に連れて行ってくれるんですか?」
 ぞくりと、その儚さに手を離してしまった。触れた瞬間に砕け散ってしまうような、薄い硝子を
掴んでしまったような……そんな悪寒。離れっていった手を寂しそうに見つめ、ニアは今度こそ
部屋を出た。
 ベッドに戻り、しばらくぼんやりと使用したノートの切れ端を見つめる。夜神月の所有してい
た、人を殺すための道具。罰するために取り上げたノートを今、ニアは使った。
 大して動かしてもいない体は、確実に疲労していた。いや、疲弊というべきか。まるでナイフ
ががりがりと音を立て、生命という根源を削り取っていくような感覚だ。削り取られた命は、メロ
につけられた傷口に吸い込まれ、けして自分に戻ってくることはない。
 死ぬだろう。そう、遠くない未来に。そんな考えと共に、夢を思い出す。メロの指先が己の首
に巻きつき、息絶える夢。その感触を思い出し……穏やかに、目を閉じた。
 今の自分にとっての、唯一の救済。
 それは

 「ああ……」

 蹲り、呟いた。皮肉にも、友人がかつて月に言った、唯一の願いを。

 「死にたい……」

 



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