ともだち]][



 泣いてる

 泣いてる

 寂しい荒野 なにもない場所

 ああ
 知ってる
 死神界だ


 泣いてる

 子供が、泣いてる

 泣いているのは、誰?

 「嫌   にたくなん なか  こん 」
 
 誰だっけ
 誰だっけ?
 知ってる
 コイツ、知ってる
 でも、思い出せない

 「嫌 嫌だ  ゆるせ   夜 月  殺  や  」

 誰?
 泣いているのは
 誰?



******




 買ってきたのは、一束の便箋。
 それから、ペン。
 ノートをテーブルの上で広げて、眺める。
 とても静かな夜だった
 遠くで聞こえる車のエンジンや
 微かな、人々の話し声
 息遣い
 音
 月の思考をかき消すには音量が足りない、それら
 昼間聞いた、あの寒々しい爆音が、記憶の中から蘇ってくる
 わざわざスタンドを持ってきて、ソファに座った。
 理由は、メロの傍を離れたくないから。向かいのソファで眠る子供を一度だけ見て、ペンを手
に取った。
 月はしばらく考える。一行書いて、気に入らなくて破って捨てる。また書き始めて、気に入らな
くて、破って捨てる。なかなか文章が纏まらない。ペンが震えて、上手くかけない。
 始まりの言葉は、『メロへ』
 そして、次の言葉は『あいしています』
 次の次、その言葉を書こうとすると、指先が震えて動かなかった。
 『もう、一緒にはいられません』

 『僕が一緒では、きっとお前は人には戻れないから』

 視界が滲んだ
 慌てて拭うが、ぽたりと一滴、便箋に落ちる。
 落ちた雫はインクに垂れて、滲み
 此れから先の未来を表す様に、黒々と痕を残した





 離れたくなんか、ない



****



 友達が死んだ。
 「……え?」
 その日は、買い物の帰り道だった。3人分の食料を抱え、帰宅しようとした矢先、俺はアパー
ト裏の非常階段下で屯していた仲間と会った。
 そして、知らされた情報。
 突然の、友人の死。
 そいつは先日、一緒にパーティーをやったうちの一人だ。
 「な…なんで?」
 「わかんねぇ。たぶん、薬のやりすぎ。」
 仲間の一人が、ぶっきら棒に答える。そんなはずはない。だってアイツは、そういうものはや
らなかった。
 「道の端っこで死んでたらしいよ。医者に連れて行ったら……心臓麻痺だろうって。」
 抱えていた食料の紙袋が、言葉の衝撃でずれ落ちそうになる。あわてて抱えなおしてから、
周りを見てみる。誰も、互いに目を合わそうとしなかった。
 「馬鹿だよな……アイツ……」
 誰かが、つらそうに呟く。
 「馬鹿だよ…自業自得じゃん……なんでそんな…寂しい死に方……あんな……畜生!」
 誰かが、地団太を踏む。
 「馬鹿じゃねぇの!?アイツ、好きな女いるんだぜ!?なのに、一人で!道端で!くそっ、馬
鹿!泣いてたんだぜ!?彼女!畜生…畜生!」
 誰かが、声を荒げる。
 そして、誰もが口を閉ざした。
 本当に
 本当に、馬鹿だ
 突然の死
 俺達を残していく、愚か者
 俺達は
 俺達は、どうすればいい?
 どうすれば、いい?



*******




 一時間経っても、マットは帰ってこなかった。月は時計をぼんやり眺めながら、枚数の薄くな
った便箋を指先で弄ぶ。
 ……そうだ……紙がなくなったら、手紙が書けない。
 だから、また、コンビニに行って、買いに行かなきゃ。
 大丈夫、これは、仕方の無い事。だって、便箋がないんだ。ないのなら、置手紙が書けない。
だから、仕方がない。まだ、大丈夫。
 まだ、一緒にいられる。
 視線を、メロのほうに移す。例の爆発から一向に目覚める気配のない死神は、幸せそうな寝
顔で蹲っていた。かわいい。小さな子供みたいだ。口元が綻ぶが、すぐにまた悲しみの波が涙
腺を緩ませる。
 鼻をすすった。その時だ、メロがぱちっと目を開けた。明らかに、月の泣き声に反応して、
 「……らいと……?ないてる?」
 寝ぼけ眼を擦りながら、起きようとした。月は慌てて目を隠し、
 「お……おはよ、メロ。」
 「らいと……ないてた?」
 「泣いてないよ。なんでもない。」
 声に笑いを含ませて誤魔化すと、まだ睡眠モードに入っているメロが、唸りながらもクッション
に顔をうずめる。月は、破いて丸めた便箋を隠し、メロの傍に寄ってしゃがみ込んだ。頭にぽ
んっと手を置いてやると、嬉しそうに擦り寄ってくる。
 「メロ……よく寝るね。眠いの?」
 「ぅんー……ねむぃ……」
 こつんっと、おでこを金髪の頭に当てて、
 「……良かったね。人間の感覚に、戻れてるのかもね。」
 「……もどってる……」
 「うん……やっぱり、お友達と会って、良かったんだよ。」


 「俺……戻りたくなんか、ない。」


 月は顔を上げた。今、なんと?
 「やっぱ……戻りたくなんか、ない。」
 「え……どう、して?」
 「だって、人間は嘘をつくから」
 メロは、別段辛そうな表情はせず、舌足らずに答える。
 「友達は
 やっぱり死神の俺なんか
 嫌なんだって
 月、嘘ついた
 でも、いいんだよ?
 人間だから、嘘、ついちゃうんだよな?
 かわいそう
 人間でなければ、そんなこと、しないのに。」
 言葉だけ捉えれば、月を責めるような内容であるにもかかわらず、メロはまるで寝言のように
うとうとしながらそれを言う。それが当然の摂理であるかのように。それがあたりまえの出来事
のように。
 どうしたんだ?なにがあった?聞きたかったが、聞けなかった。月はこう思った。

 自分のせいだ

 自分が、彼の傍にいるから

 「人間でなければ、こんな辛い場所に堕とされなかったのに。
 人間でなければ、痛みなんか感じることはなかったのに
 人間でなければ
 人間でなければ
 でも
 大丈夫
 俺が、助けてあげる
 ニアを助けるように
 月も、辛くなったら言えよ?
 助けてあげるから。」

 メロにとっての

 救いとは

 なに?

 「あぁ…でも……もう一回ぐらい
 人間の感情を、思い出してみたかったなぁ
 感じてみたかったなぁ
 ふふ……変だな、俺……
 なんであんなに、ニンゲンに憧れてたんだろ
 あんな
 つらくって
 怖い、もの
 どうして、もう一度味わってみたかったんだろ
 大丈夫だよ
 もう、月を困らせたりしないよ?」
 すうっと、息を吐く。
 まるで、なにかを終わらせるかのように。
 なにを?
 命を?
 「おやすみ」
 ……記憶という名の、命を?
 「メロ!」
 月は激しくメロの肩を揺さぶった。



*****



 「なあ……マット」
 友人の死を聞き呆然としている俺に、一人がこんなことを尋ねてきた。
 「……メロ、どうしてる?」
 何故、突然そんなこと言うのだろう?眉を顰めている俺に、友人は言いづらそうに、
 「あのさ……俺……死ぬ真際にあいつから、電話もらったんだ。」

 なにか
 嫌な予感がした

 「それで……すごく怯えてて。どうした?って聞いたら……。

 何度も、メロの名前を言ってたから……」

 …なにを
 なにを、言ってるの?

 「馬鹿……心臓麻痺だったんだろ?」
 「分かってる!分かってるよ、そんなこと!
 でも…じゃあ、なんで……死ぬ真際にメロの名前なんか言ったんだろうって……!
 あいつ……すげー怖がってた!それにあいつは……薬なんかに手は出さない!」
 彼は俺の肩を掴み、揺さぶる。
 「なあ、教えてくれ……メロ、どうしちまったんだ?
 アイツ……なんか変だ!変だよ!」
 揺さぶられた拍子に、手に持った紙袋から食料が零れ落ちる。他の誰かが、俺の代わりに
聞き返した。
 「なにが変だって言うんだよ!」
 「俺……!」
 彼の指先は、震えていた。
 「俺……この間集まった時……メロと話した時……
 ごめん
 マットの彼女のこと、話したんだ。」
 俺は自然と、目を背ける。俺の前の彼女……事故で、亡くなってしまった子だった。
 「きっと……メロなら、悲しむと思った……
 いや
 そんな事を話する俺を、怒ると思った……
 でも!メロは!」

 ……メロは?



*****



 「メロ…!メロ!」
 「ん………」
 「寝ないで……起きてて!」
 「ぇー…?ねむぃ」
 駄々を捏ねるようにクッションにしがみ付くメロ。月がぽろぽろと流した涙が、メロの金髪へと
吸い込まれる。その水滴に気がついたメロが、飛び起きた。
 「う…あ?月?泣いてる?やっぱ、泣いてるじゃん。」
 「だめ…だめだ……死神なんかに、なっちゃだめ……」
 涙を拭うメロの指先が、止まった。
 「死神なんかに……ならないで!」

 それは

 言っては、いけない言葉だった

 「メロは嫌がってた……死神になること、恐れてた!」

 けして抗えない成長に、変えられない事実に

 真っ向から、拒否してしまった

 「僕…覚えてる!お前が、人間に戻りたいって言ってたのを……」

 それはつまり

 今のメロを

 否定することとも、分からずに

 「メロ……戻ってくれ……!お願いだから、お願い、だから……」

 泣き崩れる月に、メロは……無感動な表情でその体を抱きとめる。
 腕の中に納まった、一つの生き物。
 ニンゲン
 なにを、そんなに悲しんでいるの?
 かわいそうに
 かわいそうに
 大丈夫だよ
 アイシテル
 守ってあげるから
 ねえ
 月?

 「 」
 
 メロが発した言葉は、この世界には存在しないものだった。
 「……え?」
 発音が聞き取れず、どこの国の言葉なのか慎重に耳を傾ける月だったが、その意味を不可
能だった。
 「      」
 「め……メロ?」
 「      」
 けして意味を拾うことの出来ない言葉を繰り返し、顔を近づけた。無垢な子猫のように、意味
を汲み取れない相手をじっとみる月の唇に、己の唇を重ねた。皮膚同士が触れ合う、単純な
行為。キスというにはあまりにも冷たいメロの笑みに、月はひどく戸惑う。
 「      」
 「な…なにを言ってるの?わからないよ!分かる言葉で言って……!」
 「      」
 極々自然に、メロの指先が月のシャツのボタンに触れた。目を丸くする月を他所に、首を守
るようにしっかり止められていたボタンを外し、肌蹴た皮膚に口付ける。
 「      」
 「こ…こら、メロ!今……そういう事を……ん!」
 柔らかな皮膚をきつく吸われ、痕が残る感触がした。このまま身を任せてしまおうか。優しげ
に自分を扱うメロの指先に、そんな想いを抱いてしまう。
 どさりと、床に引きずり落とされた。ソファとテーブルの隙間に身を押し込められ、メロが覆い
被さる。
 「 」
 メロの両手が、月の首に触れた。顔付きはとても優しげなのに、なぜこんなにも冷たく感じる
のだろう。月は不気味に思いながらも、瞳を閉じた。メロの好きなようにさせよう。そう、決め
て。
 刹那
 「     」
 指先に、力が篭る。
 純粋に驚き、月は咄嗟に手を払いのけようとした。が、成長途中の細い腕は、青年の力を持
ってしてもぴくりともしない。
 「           」
 「あ……がッ………め…ぇ……!」
 「 」
 痛みよりも苦しさが体を痙攣させた。悲しみよりも驚きで目を見開いた。
 なにに微笑んでいるのか分からない恐怖
 なにを喋っているのかわからない悪寒
 なに?誰?誰なんだ?この子は?

 なんなのだ?『コレ』は?

 殺されるという現実よりも、メロが今、月の分からない言葉でしきりになにかを言っていること
が怖かった。まるで、本当に彼は人間ではなく、生物を超えた他の生き物のようで。その事実
を見せられたことが、何よりも、どんなことよりも……。
 月は力を振り絞り、絞めている腕に爪を立てた。ぱきりと、爪が割れる。死神は、己の腕が
傷つけられることより、そちらに注目して手を離した。体が求めていた空気を吸い込み、激しく
咳き込む。逃げ出したかった。泣き叫びたかった。怖い、やめてくれ、助けて。そう懇願して、
指を離してもらいたかった。咽返っていなければ、恐らくはそう命乞いをしていただろう。
 メロは心配そうに、月の指を凝視する。目を細め、爪と皮膚が離れた指先から血が流れてい
るのを見つめるその様は、月が風邪を引くときに見つめる瞳と同じ色をしていた。震え上がっ
ている月の指を己の口元に持っていき、血を舐め取る。指先から滴る液体のように紅い舌を、
白い指先に這わす。子猫が仲間の傷を癒しているようにも見えた。化け物が獲物の血を堪能
する様子にも思えた。月はただ無様に震えながら、それが終わるのを待った。
 やがて血は止まり、満足そうにメロが笑顔を作る。だがそれも、怯えている月を見てすぐ曇っ
た。
 「月……?どうした?なにか……怖いこと、あった?」
 「あ  ああ  あああ あ   」
 「かわいそうに……こんなに震えて………」
 メロが、いつものように月を慰めようと、なでようとした。
 月はそれを、全身全霊で拒否する。
 「ぁああああああああ!」
 今度は死の恐怖から、彼の存在を否定した。メロの体を突き飛ばし、四つん這いで離れ、振
り返る。月の行動に、メロはきょとんとしながらこちらを観察していた。部屋の隅でカタカタと体
を震わせる月に首をかしげ、
 「……らいと……」
 「メロ」
 名前を呼んだのは、月ではなかった。
 入口に視線を移す。
 マットだった。
 「ああ」
 メロは笑う。
 「おかえり」



******



 何事もなく出迎えの言葉を口にしたメロに、俺は何かの間違いではと何度も自問自答した。
しかし目の前に起こったことは現実で、部屋の隅で発狂しそうなほど蒼白になっている月の泣
き声も聞こえていて、なによりも、恋人を絞殺しようとしたメロがにっこり笑って自分に挨拶して
いることは、明らかに異常な事態だった。
 まるで、捕食者の隙をつくかのごとく、月が立ち上がって俺を押し退け出て行った。「あ」と、メ
ロは呆けた短い言葉を発し、月を追おうとする。
 「ま、待てよ!」
 「離せ。月を追いかけなくちゃ……離せよ!」
 「メロ……メロ!」
 メロを押さえつけながら、俺は友人から聞かされた、メロの答を思い出していた。
 「なんだよ……マットには関係ないだろ!」
 俺の、前の彼女が亡くなった事実を聞かされたメロ。
 「追いかけないと……追いかけないと!危ないんだ…また、ニアに捕まったら!」
 彼の答えは一言。
 『へえ』
 「だから、怖い思いをする前に……殺してあげないと!だから!」
 なにかおかしい
 メロは、何かが『ずれて』いる
 それが今、証明された。
 「マット!退いてくれ!離してくれ!でないと、俺、お前のこと、お前を!」
 「メロ」
 できれば
 殴り飛ばしてやりたかった。
 メロを……そして、自分を
 「……メロ」
 月を泣かした
 月を、傷つけた
 それを見た瞬間
 長年付き合ってきた友人よりも
 たった数日しか一緒にいない月のほうを、俺は優先した
 そんな自分に、嫌気が差す。
 だが、ともかく今のはやりすぎだ。俺は出来るだけ冷静に、メロに語りかける。
 「俺が、探しに行って来る。」
 「嫌だ…俺も行く!」
 「お前は待ってろ。」
 「嫌だ!」
 癇癪を起こした子供のように、大声を出すメロ。俺は辛抱強く奥歯を食いしばった。
 なにか、なにか彼はずれている。
 月を傷つけた
 それが、分かっていない
 なにが間違っているのか分かっていない
 どうしてしまったのか
 なにがあったのか
 だが
 どうなろうとも、なにがあろうとも
 「メロ」
 メロは、メロだ
 「月が戻ってきた時……部屋に誰もいなかったら、寂しいだろ?」
 俺の、友達だ
 「あ……」
 「だから、居ろよ。な?俺が探してくるよりも、戻ってくるほうが、きっと早いと思うぞ?な?」
 嘘だ。きっと月は、帰ってこない。しかし俺の言葉を理解したのか、メロは俯く。ぽんっと肩を
叩き、俺は踵を返した。寂しげに見送るメロを残し、玄関を開ける。
 月は傷ついていた。今、メロの元に帰すのは得策ではないとも分かっていた。
 だけど
 このままじゃ、駄目だ
 「マット」
 二人は、二人でいたほうがいい。
 それが
 一番、幸せだと
 思いたい
 「俺………」
 メロの言葉を最後まで聞かず、俺は出て行った。



 あの時


 最後まで聞く勇気があったら


 どれほど、未来が変わっていただろう

*****


 「俺………人間に、見える?」


*****

 友達との


 別れの時が、近づいていた












月/可哀想な人間/幸せにしてあげる/死神に、してあげるよ/どうしたら、死神になれるか
な?/殺したら、死神になれるかな?/月/アイシテル/アイシテル アイシテル/月








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