![]() メロが目を醒ますと なにも なくなっていた 「…………」 夢だったのだろうか いや 「月を……助けに行かないと……」 呟いて、ふいと視線をずらす 目の前には、血の海だった地面が、時間とともに全てを無情にも吸い取り、乾かし、跡形もなく 消し去りかけていた。 誰かがマットの遺体を見つけてくれたのだろう。今頃は、仲間の元に引き取られたか…無名の 遺体としてつれて行かれたか… 自分は、誰にみてもらえるわけではなく、痛みに気を失ったというのに 倒れた自分を無視し、通り過ぎ、踏みつけられて行ってしまう人間たちを想像し、悲しくなっ た。 「月……」 薄暗い曇り空を仰ぐ 「どこいっちゃったの…?」 ****** 長いこと眠っていたらしく、目覚めると意識がすっきりしていた。ベッドサイドには、無造作に 置かれたデスノート。それを隠そうともせず、ベッドからはいでる。 痛みも治まってくれたかと期待したが、そう上手くはいかなかった。立ち上がると引き裂かれ そうな衝撃が傷口から発せられ、膝を折る。ぐらりと、視界が揺れた。 奇妙な傷であった。傷口が開いているのに、普段は血は出ない。しかし、なにかの拍子に… …まるで、呪いの様に激しく痛み出すと、じわじわと滲み出てくる。それはけして出血死するほ どの量ではないものの、ニアにはまるで、そこから命が滲み出ているように感じた。痛みがあ り、出血があり、そしてなにより、体力が削り取られていくというのに、一向に死ぬ気配がない。 意識は常に現実を見続け、痛みの断続性は段々と早くなっていった。 死にたい。そう思い始めたのはいつの頃か。 意識があるまま痛みを受け続けた長い夜か 目の前で育て親が傷ついたのを見て叫んだあの時か もしかしたら、兄弟とも呼べるメロの残虐性を垣間見た瞬間かもしれない 「ニア……ニア……!」 気がつくと、倒れていた。冷たい床に頬を押し付け、ハルに揺さぶられていたのだ。見上げる と、気丈なハルが今にも涙をこぼしそうに顔をゆがめている。 ハルの手を力ない動作で押し退け「大丈夫……」と呟く。 だが、まだ立ち上がれそうにない。 「どこが……大丈夫だというんですか!?また…血が……寝ててください。お願いです!」 だめだ だめなんだ 「行かないと……」 「どこへ!?」 「月が……もうすぐ、こっちに……」 なんと危うい気配か。触れればそれだけで崩れ落ちそうな、あまりにも儚い声音。 「ニア……」 立ち上がろうとするニアの両肩を掴んで、止める。 「お話が、あります。」 今、話さなければ、もう二度と彼とは会えない気がした。 消えそうな彼をしっかりと留め、俯く頭をじっと見る。 「……私、今日限りで、辞めさせて頂きます……」 一瞬だけ間をおいて、ニアが自嘲気味の笑みを浮かべた。 「まあ……そうでしょうね……ヒトゴロシの私の下では……働きたくは……」 「貴方も一緒に辞めましょう。」 微かに ニアが、目を見開く 「 え ?」 「辞めるんです。このままここにいたら……貴方……死ぬんですよ? 死神が、そう言ったんです。」 顔を上げた少年は、呆けた表情でその選択肢を述べた部下を見る。 「でも……それでは……月には……」 「たとえ今、夜神月を捕まえたところで、また死神に連れて行かれます。 貴方がキラを追っている限り……Lの跡を継いでいる限り…… 夜神月は、貴方の元には、戻ってきません。」 断言すると、ニアの肩が揺れる。が、すぐに落胆の溜息を吐いた。 「いいえ……今度こそ……死神には連れていかせません。」 「……なにか、秘策でも用意したつもりですか?」 「ええ、まあ」 どうしてそんなものを提案してしまったのかという自分に対して、ニアは悲しい目をしている。 「死神ですよ?」 「そうですね。通用しないかも。」 「貴方……死ぬんですよ!?」 ニアの、悲しい目が和らいだ。 「そう」 そして、立ち上がる。それに殆ど縋りつくように、ハルは押し留めた。 「ニア!死んだら、もう夜神月には会えないんです!赦してもらうことも、笑ってもらうことも… … でも でも、生きていれば」 生きていれば、いつか その言葉に、ニアは僅かな希望を見出しそうになってしまった。 首を振り、耐える。無理だ。できない。 もう、一人で生きるのは…… 「私も……一緒に……」 ハルが頭を垂れた瞬間、堪えていた涙が床ではじけた。 「一緒に……いるから……」 だから 死なないで欲しい ****** 嘆いてばかりはいられない。メロは立ち上がり、 よろける足で歩き始める。 しかしどこへ行けば良いのか…つれて行かれたという事実だけで、手掛かりは何もない。 いや ただ一つ、方法が 「死神界に…行ければ…」 そうなると、再びあの羽を出さねばならない 皮膚を突き破り 感覚が焼き切れるような痛みに耐え 目を背けたくなるような硬質の羽が、己の背中から生える ぶるりと身震いし、慄いた。怖い。痛い。何故、今頃になって… これは、マットを疑った罰か。月を傷つけた罪か。 「くそ!」 これは、自分に与えられた一つの刑だとでもいうのか。 だが一つ、腑に落ちないいことがある。何故戻りかけた人間としての意識が、再び死神に戻 ったのか? あのまま 人としての意識を、取り戻せていれば こんなカタチではなく、月やマットや、友人達と共に、元に戻ることが出来ていたら このような結果には、ならなかったのに なにか、いつもとちがう行動をしたか?何か間違ったことをしたか?いつもとは違うこと、いつ もはしないこと…。いつもとは…いっも…とは… 「あ……………」 思い当たることがあり、メロは短く声を上げた。 ****** ニアは思う このまま永遠に痛みに悶えても 長い夜を苦しみで過ごしたとしても 月に会えるならば 捕まえるのではなく 会えるのだとしたら それは もしかしたら 幸福なことなのではないか? 想像しただけで、痛みが霞む。 本当に、自分にそんな日がくるのだろうか? そう質問するように、ニアは子供のような瞳でハルを見た。 「……ほんとう?」 声に出して呟いた問いは、震えていた。ハルは、何度も何度も頷いて返す。 「本当です……だから!」 顔を上げた彼女の表情が固まった。凝視した先を振り返ると、入口でレスターが静かに佇ん でいた。 聞かれた。 気まずいなどという生易しい表現ではないほど、空気が圧迫する。 しかし、なにも悪いことはしていない。これが自分の助け方だと誇るように、ハルが彼を睨み つける。 「レスター…私たちは……!」 「ニア」 ハルの言葉を遮り、たった一言……ニアを引き戻す言葉を告げる。 「夜神月が、今、到着しました。」 その事実に、ニアの瞳に僅かながらも光が射す。 ふらりと、レスターの方向に向かうニアの腕を強く掴み、ハルは叫んだ。 「ニア!今行っても、彼は貴方を否定するだけです!行ってはいけない……行かせない!」 更に力を込める直前で、ニアはハルの手を払った。本当の意味で、最後の力を振り絞り、走 る。といっても、その足はよろめき、弱い。それでも彼は、まるでなにか悪意ある触手に体を絡 めとられたかのように、月の元へと向かう。 「ニア!」 有らん限りの音量で、ハルは叫んだ。一度だけ、止まる。 「……ばいばい」 振り返ったその表情は、初めて見る、優しい笑顔だった。 レスターが扉を閉め、それが彼との最後だった。 何故 何故、あの時自分は 彼を追って、捕まえ、無理矢理にでも連れ出さなかったのだろう 後にハルは、その罪に嘆くこととなる 泣き叫ぶ力すら残っていない少年に、いったいこれ以上なにをさせようというのだろう それでも これが、ニアの選択だった ****** 眠りは人の記憶を整頓することができる。精神安定や記憶の固定をさせる非常に大切な役 割なのだ。筋肉は安静にしていれば回復するが、脳の整頓は睡眠でしか回復できない。不眠 というのはけして笑い事ではなく、『死に至る病』そのものなのだ。 だが、それと死神である自分の体では説明がつかない。眠ったから記憶を失った?馬鹿馬鹿 しい。そんなこと、あるはずが……。 だが仮に、死神の自分にそれが当てはまるのだとして、何故そこで人としての感情を忘れ る? ……人は、不安定な情緒・記憶を、睡眠によって整頓し、回復させる。死神にとって、人の感 情は死神でいう「情緒不安定な」状態だとしたら? 「くそ!」 がんっと、傍にあった壁を叩いた。必要・不必要の判断を迫られる睡眠で、人間である記憶 は不必要と死神の体は判断したということになる。ふざけやがって、俺は人間だ…!そう吐き 出そうとした瞬間、 叩いた壁に亀裂が走り、崩れた。 「うわっ…あ…あ?」 軽く叩いたつもりはないが、まさか崩れるとは思っておらず、激しい音を立てて崩壊した壁に 驚いて後ずさった。囲んでいた一部の壁にぽっかり穴が空き、向こう側の廃ビルに潜れる位の 大きいものになってしまった。ああ、危ない。もしこれで向こう側に『人間』がいたら危なかっ… … メロは、己の行動と思考にぞっとする。今、自分はなんて…? 俺は…にん…げん……? 「う……」 くしゃりと、メロの顔が悲しみに歪む。だめだ、こんなことをしている暇はない。月が待ってる。 行かなきゃ、助けなきゃ…… 「う……うう……う」 思いを奮い立たせても、メロはその場にずるずるとしゃがみこんでしまった。 怖い 痛い あんな思いは、もう嫌だ 死神だったら、こんなことは思わないのに。月のことだけを心配し、愛せるのに。いいや、違 う。自分は、人間だろうが死神だろうが、同じなのだ。自分のことだけしか考えられず、痛い思 いも苦しい思いも、恐怖で足がすくんでしまう。言い訳ばかりをして、目を背けてしまう。なんて 矮小な存在。大っ嫌いだ。 「うう……ううう……」 でも 行かなきゃ 月が、好きなんだ なんで好きなのか、わかんないけど… 彼が、助けを求めるなら、頑張らないと 涙を拭き、息を張り詰める。意識を集中させると、背中に激痛が走った。歯を食いしばり、そ れに耐える。 「月 今 行くから だから 泣くなよ? 泣かないで なかないで……」 月はきっと、自分に助けを求めてる。声を枯らして、自分の名を叫んで、涙し、自分が来るの を待っている。それだけが、今、彼にとって唯一の救いだった。月が自分のことを、自分だけの ことを思ってくれている。それが、彼の精神を保たせているせめてもの壁だった。 ねえ 頑張れば、月、俺に笑ってくれるよね…? こんなに、月のこと思えば また、仲直りできるよね? 頑張れば がんばれば だから 俺のことだけを……想っていて ****** 部屋にはいる。走ったせいで上がる息を隠そうともせず、ニアは月を見た。 白い隔離室に閉じ込められ、隅で蹲る月。 想い続けた、その姿。 部屋にはいってきたニアに反応し、月が震える。見て取れるほど、彼は怯えていた。 一歩踏み出し、ニアは愛おしそうにその名を口にする。 「月……」 「来るな!」 その威嚇には、憎しみと、殺気が篭っている。泣き続けて充血した目でニアを睨みつけ、叫 ぶ。 「く…来るな!よくも……よくもマットを……!」 月を逃がそうとしたマット。それを見つけた捜査官達は、銃を手にし、彼を撃った。 それでも逃げて、逃げて、逃げて……殺す必要がどこにあった?わずかばかりの抵抗を見 せた彼に、男達は月を引き剥がし、酷いことをした。 酷いことを、した。 「らい…と……」 「殺してやる…!お前なんか……お前なんか!」 ぼろぼろと涙をこぼし、震える体で殺意を口にする。だがそれも、ニアが近づいただけで喉の 奥で悲鳴を上げる。 「来るな……来るな来るな!来るな!」 顔を背け、手を払い、完全にニアの存在を拒否する月。 ニアが、手を伸ばした。 「さ……」 その指先を視界の隅に入れた月は、手を大きく振りかぶった。 「触るなああぁぁ!」 ぱしっと、音としては軽いもの。 手を、払いのけた。それだけ。 押さえつけられるだろうと目を瞑っていた月の耳に、どさりと何かが崩れ落ちる音がした。 「え?」 目を開いて、なにが起こったのかわからず混乱する。 目の前で、ニアが倒れている。よく見ると、顔が青い。小刻みに震え、細い息を吐く。 「に……にあ?」 手を伸ばせば届く位置。それでも、かつての恐怖に身が竦む。 明らかに異常だ。胸を押さえ、白いシャツから血が滲み出ている。 メロから聞いたことがある。ニアを傷つけた、と。 だが、それは治ったのではないのか? そこに、かつての恐怖の塊はなかった。ただ、痛みに悲鳴を上げることも、泣いて訴えること も、助けを呼ぶことすら出来ない、弱い命が蹲っていた。白い部屋の白い肌の、白い服に一つ だけ色がある赤。血の色。マットが流した、同じ色。 ニアの異変に、捜査員達が数人部屋に駆け込んできた。彼の名を叫び、揺すり、医者の手 配をと命じる声。一人が抱きかかえた。驚くほど、簡単に持ち上げられた。胸を押さえる力も失 ったのか、だらりと下がる白い腕。唇が、僅かに動く。まるで、震えるような微かな動きだ。 らいと そう、求められた。月は無意識に、ニアへと手を伸ばす。血に染まった指先。それに触れる 直前、彼は連れて行かれた。爪の先すら届かなかった。捜査員達は、月には目もくれず、彼を 抱えて去っていった。そして閉じられる扉。訪れる沈黙。 恐怖は徐々に薄れ、彼の儚さだけが漂っていた。どうして。何故。何故彼は、あれほどまでに 自分を求める。 ニア 悲しい子 「どうして……?」 この時月は ニアのことで 頭が、一杯だった 羽をもう一度出すのは、とても痛いことだった。 それでも 月を助けるためならと 戻ってきた、死神界 「…………………」 死神界から見える、人の世界。 月の名前さえ分かっていれば、どこにいても、どんなに捕まっていてもすぐに分かる場所。 そう、どんなことをやっていても。 「……月……」 メロが、切なそうに名を呼んだ。 「ニア……ころしてやる……」 次に紡がれたのは あまりにも 人間らしい、言葉
![]() |