![]() 痛み 「あ ああ !」 痛み 痛み 「うぁ あああああぁぁ!」 痛み レスターは、ニアの体をメロから引きずりだし、引き金を何度も引く。乱射と言っても過言では ない。メロの体に銃痕ができては、すぐに消える。が、痛みまでは霧散しない。撃たれた場所 から、脳に突き抜けるような痛みが駆け登る。先程撃たれた眉間の痛みが、メロの神経を削っ ていく。 「メロ……」 「あああああ ああああああ!」 銃声に負けぬ悲鳴が、ニアの耳にだけ突き抜ける。体の震えが止まらない。メロの泣き叫ぶ 声が、痛々しい。 一度銃弾を入れなおし、レスターがニアの代わりに指示をした。 「グレネード!用意しろ!距離は私の前方二歩!急げ!」 やめてください。ニアは首を振った。 今、彼には痛覚が戻っている。 そんな彼にもし、いま攻撃したら……破砕型榴弾は少年の幼い体に容赦なく降り注ぎ、無数 の傷が出来上がるだろう。触れた瞬間に敵を逃さぬよう周囲に分散される炸裂弾は、今度こ そメロの意識を途切れさせるかもしれない。 意識を失った神の末路は、人間の残酷な実験。 これらのことを計画したのは自分だと言うのに、ニアは無性に彼を助けたいと思った。何故 かは分からない。彼の、一緒に死のうという願いが、自分が今背負う傷とリンクしたのかもしれ ない。 特殊部隊員が、レスターの指示した場所に銃口を向けた。メロは立ち上がれない。受けた傷 に痙攣を起こしている。ああ、やはり。痛いのだ。胸の奥から、なにか切ないものがせり上が る。 撃てという命令を受ける直前、周囲に静寂が満ちた。それはほんの一瞬、息を吸い込むほど の短い時間。 メロは痛みに痙攣を起こしているのではなかった。泣いていたのだ。 床に這い蹲り、羽の折れた小鳥のように泣き、今受けた攻撃に、これから受ける銃弾に、彼 はたった一言、泣きじゃくって呟いた。 「いたいよ……」 メロが嫌いだった。 いつだって、自分より劣っていて、自分を憎んで そのくせ、周囲の人間には好かれて、自分よりもメロのほうが、人間性に溢れていた。 だけど、自分には勝てないから だから、我慢していたのに 月を、盗った。 許せなかった。だって彼は、色々なものを持ってるじゃないか。 自分にはないもの。自分には持てないもの。自分には生み出せないもの。 人との繋がり。人脈。彼には、それがあった。 彼の周りには、人が溢れていた。 だから たった、一人でもいいから 月だけ、いいから 欲しかった そんなに沢山の人に囲まれているんだから、 一人ぐらい、いいじゃないか そう 思っていた だから 消えて、欲しかった。 それなのに、ニアは前に出た。 レスターが、撃てと合図を送る。一発目は、メロの背中に炸裂した。二発目が装填された時 には、ニアは彼の背中の上に覆いかぶさっていた。 反射的に引き金を引かなかったのは数名で、3人の隊員がニアを認識しながらも引き金を引 いてしまう。 3発の弾が炸裂した瞬間、ニアの小さな背中と、彼の被せきれなかったメロの体に、殺傷能 力の高い炸裂弾が降り注いだ。 ***** 「月?なにやってんだ?」 ドアを開けようと四苦八苦している月に、リュークが問いかける。月はぎろっと死神を睨み付 けた後、 「リューク、ここを開けろ。」 「そういわれてもなぁ…鍵はないし。」 「なら、探しに行って来い。」 「なんで俺がそんなことやんなきゃいけねーんだよ。それに、なんかカードを差し込んで開け るみたいだから俺には開けらんねーよ。」 「くそ、やっぱり電子ロックか。」 「……………」 扉を蹴り飛ばし、月は歯軋りをする。リュークは簡易ベッドに寝そべり、 「大人しくしてようぜー?そうすりゃ殺されはしねーよ。」 「お前にとっては、僕は死んだほうがいいんだろ? 僕はメロを助ける。今までずっと、助けてもらったんだ。 だから、今度は僕が助ける!」 扉を何度も叩き、月は悔し紛れに言い返した。リュークは溜息を吐きながら、 「……メロの『アレ』は、お前にとって救いでもなんでもねーだろ? お前だって、辛かったはずだぜ?」 「……僕は……」 死神が言っているのは、メロの殺戮のことだろう。リュークに背を向け、月はくぐもった声で吐 き出す。 「僕は……よく、眠ることが出来た。」 「はあ?」 「メロが……僕の傍にいてくれたから……メロが、ずっと僕を見守ってくれてたから……僕は ……眠ることが出来た。眠っている時だけ、僕の周りには、なんにも辛いことはないんだって… …そう、思いたかった。 見つかることも、監視されることも……襲撃されることも……捕まることも、ない。 でも…分かってた。僕が眠っている間、メロはずっと……一人で……人を殺してきた。」 いつしか壊れた涙腺が、月の頬を濡らす。 「でも……分かりたくはなかった!だって、僕が眠るたびに、僕の知らない誰かが、僕を捕ま えるために殺されるなんて……考えたくなかった。考えたくなかった!だから、僕はメロに辛い ことを押し付けて……眠っている時は……なにもないんだなって、思い込んでいられた……僕 は、捕まりたくないために、メロを利用していたんだ……でも、そんなこと、いつまでも続けてい られない。 助けるんだ。 メロが、他の誰かに捕まってはいけない! 助けるんだ!」 だんっと、扉を何度も叩く。癇癪を起こした子供のような月に、リュークははぁっと適当な相槌 を打った。 「月……」 呼びかけられても、月は叩くのをやめない。リュークは起き上がり、月の手を掴んだ。 「月……馬鹿だなぁ、お前……」 「離せ……離せよぉ…!」 リュークから逃れようと、必死にもがく月。何も分かっていない人間に、神は呟く。 「馬鹿だな、月……俺が、お前を殺すはず、ないじゃないか。」 場違いな台詞に、月がは?と顔を上げた。そういえばさっき、自分でリュークが自分に死んで 欲しいうんぬんと言い返したのを思い出す。 リュークは、照れているつもりなのか、視線をあっちこっちに彷徨わせ、 「殺すつもりなら、メロのように建物で押しつぶして、殺してたさ。 それをしなかったのは……なあ、わかってくれ。俺だって、オスだ。 こんな恥ずかしいこと、言わせるな。」 月は、全然こっちを見てくれない死神の顔を見上げる。そして、 首を、傾げて、 「………なに言ってんの?」 「いやだからな俺はけしてお前を普通の人間としてみているわけではなくっていうかお前って ホント鈍感だな死神心をわかってないっつーかー……」 死神のの恋心をまったく理解してくれない人間にほんのちょっと泣きそうになっていたその 時、扉脇のカードリーダーが点滅し、電子音を発した。 月が振り返った瞬間、扉が開き、目の前に見知らぬ女性が立つ。彼女は、扉が開いたことを 確認すると月から視線を外し、去っていく。 廊下を歩いていく女性に、月は慌てて外に出ながら、 「え?あ?あの……誰?っていうか、なんで……」 ハルは、月の困惑に答えることなく、ただこういい残す。 「ノートは……ここから階段を上がったすぐ脇の、ニアの自室にあるわ。貴方が……ここから 出て、どんなことをやっても……それは、私の罪でもある。だから……」 彼女は殆ど俯き、ぼそぼそと話すだけだったので、全てを聞くことはできなかった。ハルはこ ういいたかったのだ。 だから、どんなことをしても、ニアを助けて欲しい、と。 ****** ひと時の静寂の後、隊員たちに脅迫的な恐怖がどよめき声を上げさせた。 ニアが、絶対的な指揮をとっていたLの後継者が。 撃たれた。 それも、仲間に。死神を庇って。 「どうして……」 誰かが、呟く。 「どうして……」 「死神を庇った……?」 「死神は何処だ?」 「どうすればいい?」 「なにをすればいい?」 「ニアは」 「俺達を」 「我々を」 「私たちを」 「裏切った?」 「裏切ったのか?」 「死神は?」 「死神は……!?」 「死ぬのか?」 「俺達は」 「我々は」 「私たちは」 「死ぬのか?」 「死ぬのか!?」 たった一人の子供の死に、大人たちの士気は一気に崩壊する。 「レスター指揮官!」 誰かが、叫ぶ。 「ど、どうすれば!?」 誰かが 「我々は、どうすれば!?」 誰かが 「ニアは……本当に!?」 誰かが、誰かが 「死神は……どこに……!?」 誰かが、誰かが、誰かが 「どうすれば!?」「どうすればいいんですか!?」「死ぬ……殺される!」 「どうすれば」 「どうすれば」 「どうすれば」 「うろたえるな!」 レスターは一喝する。恐らく死神は、ニアの死体の下だろう。ニアの体の下に、なにかふくら みが出来てる。先程の一発目で、恐らく死神は動けないに違いない。 「引き続き撃て!死神を捕獲するんだ!それが死んだニアの望みでも……」 「う……」 子供の、呻き声。 息を飲み込み、誰もが聞き入る。 ニアが、生きている。 「う……あ……」 なにかを、言おうとしている。レスターは祈った。祈ってしまった。 頼む。 こう言ってくれ。 『撃て』と。 一緒に、撃ってもいい、と。 その醜い願いに自己嫌悪が生まれる直前、ニアは蚊の鳴く様な声で 「いや……」 ぎゅっと、傷ついた指先でメロに縋りつく。 「しにたく……ない……」 周囲の人間が、一斉にレスターを見た。 彼は、今までニアが感じてきた負の全てを、この一瞬に背負った気がした。 意地 プライド 立場 保身 これから先のこと これからやらなければならないこと それが、頭の中で駆巡る 無能なら、『こんなこと』を考えずにすんだだろうか 子供なら、これから言わなければならない言葉を、頭を振って払い除けられただろうか だが、自分は子供ではない 醜いことを、醜い・汚い・そんなことは出来ないと強い瞳で言えただろうか もし、ここで死神を逃したら、どうなるだろう ニアはもう、死ぬ。それは、傷口から見ても、明らかだった。 たとえ助かったとしても、そう長くはもつまい。 いや、それよりも……立ち上がった死神は、今度は自分達を殺す。 生き残ったとしても、神を逃した自分達は、もうなにもない。 だが、今まさに、チャンスがあるのだ。 やらないことへの罪に耐えられるほど、自分は強くない 自分は、大人なのだ 「れ…レスター指揮官……どうすれば……?」 大人 なんだ 「ニアは今、死神に操られている。彼はそんなことを言う人間ではない。 …………………………………撃て。」 武器を持った大人たちは、その言葉に迷いを持たず、少年達に銃口を向けた。 メロは、動けぬ体で全てを聞いていた。 覆いかぶさったニアが、死への恐怖か震えている。 撃てと、ニアの右腕である男が言った。 死にたくないと、こんなにも幼い少年が助けを求めたのに 撃てと 言った 許さない 許さない…! これほどまで、人間を憎いと思ったことはなかった。 こんな醜い生き物になるぐらいなら、自分は本当に、死神のままでいい だが、それならば何故 背中を守る少年は、純粋に自分を助けようとするのだろう 彼も同じ、人間なのに 銃口が、自分達の背中に向けられる気配を感じた。 刹那 「うっ……ぁ……!?」 隊員の一人が胸を抑え、膝を折る。 「ぐっ……う……!」 また、一人。 「な、なんだ!?」 「どうした!?おい!」 「し…死んでる…うっ……!」 「苦し……あ………」 また一人、また一人 「まさか……」 レスターが、たじろいだ。 「心臓…麻痺?」 次々と死んでいく隊員たちに、誰かが絶望的な悲鳴をあげる。 「し…死神だ!」 「死神が、俺達を殺す気なんだ!」 「た…助け……ぐっ」 直接的な助けを求めた一人が、床を舐めるが如く倒れると、一斉に出口へと逃げた。もとも と、突然の襲撃にヘルメットを被っていなかった人間たちは、顔を隠すように頭を抱え、逃げ惑 う。 レスターの脇を、押し退けながら誰かが飛び出してきた。ジェバンニだ。逃げるのかと思いき や、彼は死神に一番近いニアに駆け寄ると、彼を抱き起こそうとする。が、背中に受けた傷口 に恐れ戦き、壊れ物を扱うかのような手つきでニアを呼びかけていた。レスターが肩に手を置 こうとすると、瞬時に払い除けられた。 振り返った彼の瞳は、穢れたものを見るような冷たい目だった。 「……ニアに……触るな……」 レスターは、頭を垂れる。では、どうすればよかった?そんな言い訳を思いつくと、また一人、 銃を持った隊員が倒れた。 「ジェバンニ……先に逃げろ……ニアは私が連れて行く……」 抗議の言葉を吐き捨てようとしたジェバンニが、刹那、吹き飛ばされる。床を転がり、柱に頭 を打ち付けて気絶してしまう。それを目で追っていた隙を突かれて、首に何かが巻きついた。 締め上げられる苦しさに呻くと、なにかが押し付けられる。ノートだ。 「よくも……ニアを……」 憎悪の対象は、今度はレスターに向けられた。目の前に現れた死神は、己の中にある怒り をどう処理しようと、さらに締め上げる。が、先程の傷が疼くのか、力が入っていない。 「よくも……よくも……!」 視線を動かせば、ニアがうつ伏せに倒れていた。 「よくも……!」 メロが、涙を流す。 何故、こんなにも冷静にいられるのか分からない。 ただ、レスターは思ったことを率直に、彼に投げつけた。 「そうやって……」 ある意味、自分にも向けて。 「そうやって、一生、誰かに恨みをぶつけてればいい……」 メロが目を見開く。子供が気に入らない玩具を投げるように、レスターを壁に投げつけた。受 けた衝撃に、世界が暗転する瞬間、ニアの目を見た。 部下の不甲斐なさに憾んでもいない、信頼していた相手を憎んでもいないその無垢な瞳を脳 に焼付け、レスターもまた意識を失う。 メロはノートを拾い上げ、今の言葉を反芻していた。 一生、誰かに恨みをぶつけてればいい。 自分は、どれだけの間、他人に自分の罪の苛立ちをぶつけてきただろう。 その結果はどうだ。なにも残ってはいないじゃないか。周囲を見渡す。死体が散乱していた。 なにが起こったのか、メロにもわからない。助かったという安堵感はなかった。 死体、死体、死体…… 彼らにも生活があり、人としての人生があり、だが自分がここに立った結果、彼らのすべては 消えうせた。 どれだけの人が死んでる? 何故、このようなことになった? ふと、何故このレスターとジェバンニだけが生きているのか気になり、死んだ人間と彼らの違 いについてみてみる。その結果、天井にある監視カメラの位置で、顔が見える者と見えないも のの違いがあったのだ。 カメラの向こうで、誰かが見ている。メロの窮地を見て、ノートに名前を書き込んだ。 映像を見ただけで殺したとなると、相手は死神の目を持ってるに違いない。リュークか? 「まさか……」 いや、そんなはずはない。月は今、捕まっているのだ。だが、もし月だとしたら……まさか… … 「月が……目の取引を……した?」 誰と? 「……リューク……ッ!」 体の奥底から搾り出すように、その名を吐き捨てた。 「おい、ほんとにいいのか?」 パソコンから見れる監視カメラの映像から、次々と死のノートに名前を刻んでいく月に、加担 した死神が今更尋ねる。 月は答えなかった。ただ黙々と名前を書き、涙が止まらない瞳でメロとニアを殺そうとした彼 らの名を見続ける。 逃げ惑う彼らを見て、月はどうしようもないほど蹲りたくなった。彼らはある意味正義を貫こう としただけなのに、こうやって死んでいく。名前を書いた瞬間には、彼らは苦しみ、助けを乞 い、やめてくれと泣き叫ぶ。 逃げる者は追わない。月は、戦闘意力がなくなったころを見計らい、ニアの部屋を飛び出し た。 「月ー。もうやめようぜー?隠れるか逃げるかしたほうがいいって!」 「五月蝿い!」 小蝿のように喧しいリュークをそう怒鳴りつけると、月はひたすらメロたちの場所へと向かう。 「助けるんだから……今度こそ……助けるんだから!メロを……助ける……だから……邪魔 するな!」 「邪魔はしてねーけどなー…」 月が走る拍子に、ぱたぱたと涙が宙を舞う。 「違う……」 誰も動かない。何も動かない。 「違う……俺は……こんなことを……」 死んでる。死んでる。皆死んでる。 「こんなこと……こんなこと!」 死んでいる男の目が、偶然にも震えているメロを捉えている。 「こんなこと……望んでない!望んでない!望んでない!!」 現実を否定し続ける死神。かつて己が月に与えてきた痛み。今まさにそれが、自分に跳ね返 ってきたのだ。 「月の……月の馬鹿野郎……!なんで!こんな……こんな……違う……俺は悪くなんかな い!俺は殺してなんかない!だから……!」 「………ろ…………、め………」 小さな呼び声に、絶叫が中断された。視線を向けると、ニアが呼んでいる。 ニアの傍らに寄り添い、膝をつく。彼の顔を覗き込んだ。すでに、目の奥に光はない。焦点を 失った瞳は、ガラス玉のように澄んでいた。 「いたい………いたい…よ……」 時折起こる痙攣は恐らく、痛みによるものだろう。 ニアの背中から、嫌な臭いがする。まるで死臭だ。白かった服は剥がれ落ち、皮膚としての 機能を果たさなくなった表面が赤黒く染まっている。 「めろ…………めろ……?」 視界が上手く機能していないのか、ニアはしきりに呼んだ。そっと、血に塗れた銀髪をなで る。ほっと、ニアが細く息を吐いた。この顔、よく覚えてる。昔、一度迷子になったときに、ロジャ ーを見たときの表情だ。感情表現に乏しい彼が見せた、安堵の表情。 「ニア……聞こえるか?」 問われ、ニアの頭がかすかに揺れる。肯定なのだろう。それすらもよくわからない。揺れると いうより、ずれるといったほうがいい。 「めろ…………わたしは……」 「うん。死ぬよ……」 告げると、彼が再び安堵の息を漏らした。 「あと……どれくらい……?」 「…………………」 「どれくらいで……このいたみは……おわる?」 言いたくはなかった。が、恐らくは本人も思わなかったろう事実を口にする。 「一ヶ月」 ニアが驚愕に、顔の筋肉をぴくりと動かした。断続的に、息が吐かれる。泣き笑いをしている のだろう。 「そんなに……ながく……?」 「……うん」 「ずっと……このいたみが……?」 「うん……うん……」 ぱたぱたっと、ニアの銀髪に涙が吸い込まれていった。予想するに、この後すぐ救急隊員が きて、ニアを運び、一命が取り留められるのだろう。そこで待っているのは、死神に味方した罪 と、痛みという罰。 「めろ……ころして………」 かはっと、ニアが咳き込む。 「やだよ……」 周囲の死体が、今まで自分が犯した罪を突きつけているような気がした。 「嫌だよ……俺……殺したくないよ……もう……殺したく……」 「めろ………」 彼の表情が、和らいだように思えた。 「いっしょに……しのうか?」 「できない……出来ないって……こ……これ以上……傷つけたくなんか……!」 「わたしは……」 もう一度咳き込み、少しだけ音声がクリアとなる。 「私は……このまま死ななかったら……月を殺します。」 「……え?」 「月を殺されたくなかったら……殺せ……ごほっ……ころして……」 殺してといいながら、彼の表情は死に怯えていた。早すぎる死。こんな終わりだとは予想もし ていなかった少年にとって、せめて苦しみたくないという、切実な願い。 「ころして……」 藁にも縋る、終りへの願い。 こうして逡巡している間にも、友人は痛みで精神を焼かれていく。痛みに意識を失えない辛 さ。病んでいく精神は、無様にも恨み言を世界へと向け。消耗した体力は、指一本動かせずに いる。 死ねる。メロはある種の、その甘美な終末を思い浮かんだ。死ねる。一人ではなく、家族と。 もうこの先、死神である現実に耐える必要なんかない。ただ無機質な、誰も傷つけることのな い砂へと変貌し、消えてなくなるのだ。 メロはノートを取り出した。このままニアの名前をノートに書き、月を助ければ、自分は消え去 る。ノートを床に広げ、ニアが見える位置でペンの先を押し付ける。 「いいの?」 最後に、確認をする。 ニアは、返事をするように、ゆっくりと息を吐いた。 逃げ惑う捜査員達とは逆方向に走る月。古びた病院を思い起こす暗い廊下は、やがて誰も いなくなる。目的地に向かうにつれ、月はぶつぶつと呟き始めた。 「死なせない……助けるんだ…… もう僕、どこにも行かないから どこにも置いていかないから ずっと、一緒にいるから だから だから 待ってて 死なないで 死なないで……!」 リュークの姿は、何時の間にかなくなっていた。何故、いなくなった?月の表情に焦燥が走 る。 もう、月を見張っている必要はなくなったのか?もう、ここにいる必要がなくなったからか? メロは、どうなった? 厳重な扉が、開けっ放しになっている。月は呼吸も整えぬまま、部屋へと飛び込んだ。躓く。 倒れた拍子に、死体と目が合った。喉の奥で悲鳴をあげる。 「……大丈夫?」 幼い声で尋ねられ、月ははっと顔を上げた。 「また……会えるとは、思わなかった……」 ニアは泣き笑いをして、そう感慨気に呟く。座り込んだ足元には、メロが眠っていた。胎児の ように蹲り、書き記したノートをそのままに意識を手放している。 月は呆然とする。なにがあったのだ?何事もないような表情をしているニアの背中から、傷 が見える。焦げている。それはわかった。だが、彼は痛みを感じた様子は無い。 「月……すみません……」 疲れきったように、ニアはメロを見下ろしていた。 「メロを……連れて行きます……」 彼の命が終わるまで、あと3分少々。それが、メロの命でもあった。 月は悲鳴を上げた。ニアの寿命は見えずとも、彼らの意図に気がついたのだ。月はメロに縋 りつき、名を叫びながら揺り起こす。反応は無い。 「な……なんて……ことを……!」 喉をつっかえて嗚咽を漏らす月。ニアは、じっと表情のない顔で見つめる。それが気に入らな かったのか、きっとニアを睨みつけ、 「ど……どれだけ……どれだけ僕から……奪えば……気が済む!やめろ、やめてくれ!頼 むから……メロを連れて行かないで!」 そうは言っても、ノートの効力は絶対だ。 「返してよぉ……!」 喪失の恐怖に震え、泣き叫ぶ月。ふとニアは、あの夢を思い出す。あの時の、あの男の言葉 を。 お前がやろうとしていることで、私の大切な人が泣き叫んだとしたら…… 「メロ……メロ!メロ!いや……一人にしないで……しないで……」 そんなこと言ったって、もう……ノートの運命を変えることなんか出来ない。ニアは目を閉じ る。いいじゃないか。自分だって……死にたくなんかない。死にたくなんかなかった。生きてい たい。月とずっと一緒にいたい。でもそれが無理なら……いいじゃないか? もう、いいでしょう……?これ以上、痛みを背負わせないで。言い訳を心の中で繰り返してい ると、カチリという音に意識をもどした。顔を上げれば、銃口と目が合った。 月が、銃を手に泣いていた。 立ち上がり、がちがちと様々な恐怖に歯を鳴らし。大きな瞳から、止め処なく涙を流す。なに かを訴えようと、何度も何度も口を開閉していた。憎しみをぶつけたいはずなのに、月はごめ んね、と謝る。 「ご、めん……ね……ごめん……僕は……僕……僕はぁ……!」 先程転がった、レスターの銃だ。それが、震えで何度も標準をずらしながらニアに合わさる。 月は訴えた。 「僕は……僕は死にたくなんか……ない!」 メロは目覚めない。安らかな顔で、ただ死を待っている。 「メロが死んだら……僕は……生きている意味がない……死にたくない、死にたくない、死に たくない!メロといるんだ!だから……だから!」 かちんっと、気の抜けた音を立てて、引き金を引く。が、銃弾は発射されない。月は何度も銃 口と引き金を見て、終いには泣き崩れてしまった。メロを助けるためには、ノートの効力が発揮 する前に殺せばいい。そのはずなのに、ニアの純粋な目を見ていると、どうすればいいのか分 からない。ニアはもう一度、あの言葉を思い出した。 私の大切な人が泣き叫んだとしたら 「月……」 顔を覆い、声を上げて泣く月の姿は、切なかった。 「月……安全装置……外していない……」 ニアの助言に、月は驚愕に慄く。ニアは俯いた。 死ぬときまで、月を見ているわけにはいかない。 「拾って……そう、そしたら、安全装置を、外して……」 死んだら、どこにいくのだろう。これから一人で放り出される、死という深淵に、ニアは恐怖す る。 「うん、そこからだと、外すから、こっちにきて」 もうすぐ己の眉間に、回転した小さな鉛が撃ち込まれる。それは全てを開放してくれるのか、 それとも更なる痛みを引き起こすものなのか、わからない。 「しっかり、両手で持って」 こわい。やめて。死というものがわからない。撃ちこまれたら、やはり痛いのだろうか。いいや それよりも、一人になるのが怖かった。 「銃口……頭にくっつけて……」 一人になんか、なりたくない。なりたくない。ずっと、月の傍にいたい。 でも 自分は 自分は…… 「そうしないと……ちゃんと殺せませんよ?」 いや いやだ 「うん うん」 謝らないで。そんなことされても、自分は 「大丈夫」 としか、言いようがないじゃないか。 「震えないで? さあ、撃って」 助けて。助けて。助けて。助けて。 死にたくない 死にたくなんか、ない。 「ねえ 最後に、一つだけ、言っていいですか?」 死にたく ないよ 「アイシテ」 ニアの言葉が終わる前に 破裂音が、部屋に響き渡った。 メロは奇妙な夢を見た。 自分はまだ子供で、目の前には猫背の男がいる。 「起きて……」 男は、なにかに急いでいた。顔はよく見えないのに、彼はとても急いでいる顔をしていると思 った。 「メロ、起きなさい。早く……早く……!」 「誰……?」 メロは首を傾げる。男はメロの両頬を手で包み、 「メロ……月君のことを……愛してますか?」 月って誰だっけ?だが不思議と、肯定してしまう。男は頷いた。 「じゃあ……早く、彼を助けてあげなさい……」 彼は泣いていた。なにに泣いているの?メロが不安げに尋ねる。 「ごめんなさい」 なにを謝っているの? 「これから貴方を……辛い場所に放り出すことを……ユルシテクダサイ……」 そして、足元が消える。 白かった世界は突然暗闇に包まれ、泣きながら見下ろす男だけが、はっきりと視界に残る。 堕ちる……! 乾いた破裂音に、メロの意識が世界を認識した。狭かった暗闇が、突然明るさを取り戻し、 視界が広がる。 ぱっと、飛び起きた。銃声。大変だ、月を守らないと。そうして見回すと、死体が沢山転がって いた。 しばらく記憶を整頓すれば、どうして自分は生きているのだろうという疑問が浮かぶ。 視界の隅に、誰かがへたり込んでいた。 「……月……?」 何も考えられず、立ち上がる。ニアは?なんで月がここにいる? 傍に寄ると、月の傍にニアがいた。呼吸をしていない。メロは息を止めた。 ニアの眉間から零れ落ちた生命の色が、もはや取り返しのつかないことだと訴えていた。 月が ニアを 殺した? 「俺……生きて……?」 生き残って、しまった? 「……月!」 その事実を理解したメロは、呆然としている月の肩を掴む。 「な……なんで!なんてことを!なんてことを!」 揺さぶると、月はなすがままになっていた。 「なんで!なんで殺した!?月……月は!俺を殺してくれないだろ!?死んでくれるのか よ!?なあ!月!らい……」 ずるりと 青年の体がずり落ち、慌てて抱きとめる。脱力している月の顔を覗き込むと、ぞくりとした。ニ アと同じ表情。現実を逃避し、意識は何処か違う場所を見ている。そんな顔をしていた。 「らい…と……?」 呼びかけても、答えは返ってこない。つうっと、月の瞳から、一筋だけ涙が流れた。ショック状 態に放心している。メロは月を強く抱きしめた。 「月……月……」 自分が悪いんだ。分かってる。ああ、なんで。自分はいつも月を傷つけるのだろう。 月は傷ついていた。その傷から、立ち上がれずにいた。 「ごめんね……助けるから……俺、助けてあげるから……大丈夫だから……!」 早くしないと、誰か来る。そう囁きかけると、かすかに月の唇が動いた。はっと、メロは青年の 顔を凝視する。 「…………ころして」 救いとは、なんだろう。 彼にとっての救いとは、なんだ? 「ころして ころして ころして ころして」 月は今、死を望んでいる。 「もう やだ」 自分には、それが出来る。月を穏やかに、死の淵に運ぶことが出来る。もう、なにも怖がらな くていいと、目をそっと押さえて眠らせることが出来る。 「メロ ころせ 」 やれ、と命令する自分がいる。 やめてくれ、と叫ぶ記憶がある。 どうすればいい? なあ 月 「お……俺……」 遠くから、人間たちの足音が聞こえた。 誰かきたのだ。逃げないと。メロは月の体を抱えなおすが、上手くいかない。 考える。月は、死を望んでいる。自分が殺せぬのなら、他人の手に託してはどうか。 だがそれも、月が死ぬ様を思い浮かべた瞬間、メロは出来ないと歯を食いしばる。 「俺……俺……」 逃げよう 月と一緒に 「俺……俺、死にたくない。」 月がいなくなった後、恐らく自分は本当に死神になってしまうだろう。 「月がいたから……此処にいられた……だから……ころしたく、ない……」 月のか細い体を抱きしめ、メロはそう白状してしまった。 ある小動物は、なにか生命に関わるショックを受けると、自分から心臓を止めることがある。 生物学的にはもっと深い意味があるのだろうが、なんだかそれは、世界の辛さから脱出する 唯一の方法のようにも思えた。 己の命を粗末にするのは人間ぐらいだ、と誰かが言っていた。だが、本当にそうだろうか? たとえば、目の前に脅威となるべき敵がおり、その鋭い牙を見た瞬間、心臓を止める術を持 っていたとしたら、なんとそれは心強いことか。自分が歩むべき道は途中で途切れ、もはや未 来などとは無縁の世界に放り出されたとしたら、いっその事、暗闇の中に身を投じてしまったほ うがいい時だってある。 抵抗する力を失った人間というのは、なんとか弱いことか。未来はなく、ただ涙して絶望を頭 から振りかけられたとしても、人間は己の心臓を止める術はない。ただ歯を食いしばり、懸命 に生へとしがみ付く。なんとか弱く、そして強いことか。人は様々な方法で、本当は未来なんか ない己の人生に意味を持たす。恋人、兄弟、親、妹……それらに拠所を求め、現実から目を 背けて己の身を守る方法を持っているのだ。人は、いくらでも希望を作り出すことが出来る。そ れがたとえ、幻でも。 だが時には、その現実を直視せねばならぬときがある。自分の拠所を守るということは、自 分の命を守ることと一緒だ。それを、君を助けるという理由で相手を傷つけてはいけないの だ。人は、本当のところ、他人を助けることなんか、できない。死神ならばなおさらだ。優しい言 葉をかけたって、勇敢な行動にでたって、極論で言えばそれはただ募金箱に10円を放り込む のと同じだ。人は、自分自身でしか自分を助けることが出来ない。 もうやめよう。月を、助けることなんか出来ないんだ。メロは歯を食いしばった。そして月の体 を力強く抱きしめる。 助けることなんか出来ない。俺は、俺自身が助かりたいために、月を傷つける。この行動 が、月にとってどのような結果をもたらすか、まだわからない。月がこの行動を、どう解釈する のか、神のくせに予想できない。 ただ、共に歩むことを月が嬉しいと感じたのならば、それが俺にとっての、救いだ。 天を見上げた。未だ闇夜に包まれる夜空。このまま月を抱えて、そこから逃げなくてはならな い。 羽を出そうとして、激しい痛みに襲われた。吐き気のするような痛み。メロは体を折り曲げ呻 き、死神の一部を体から引きずり出す。 そして気がついた。折れていたのだ。背中を見てみれば、まだ再生しきれぬ硬質な金属が、 恨めしそうにメロを見下ろす。 飛べるか? メロは逡巡する。今しかない。逃げるならば、今しか、ない。 さらに翼を引きずり出そうと力を込めると、ゆっくり意識が暗闇の中に遠ざかるのを感じた。 痛みも、吐き気も、重さも……せっかく思い出した感情も、その暗闇の触手に絡め取られ、封 じ込められるような恐怖。 怖い。その、根本的なものをねじ伏せ、メロは意識が戻らぬ月の体を三度強く抱きしめる。 もし もしもう一度、俺が死神になったとしても 月は 俺と一緒に、いてくれるよね? いつのときか 約束、したよね? 俺、頑張るから 頑張るから 頑張ったら もう一度だけ もう一度だけ、俺を 異質な気配に、レスターが目覚める。なにか傍に、危険なものが存在する。そう肌で感じ取 り、彼は頭を振って顔を上げた。 目の前にいた『それ』に 「ああ……」 畏怖する 「神よ……」 この世界、どこを探しても見つからない兇悪な形の金属物質。 傷ついて、バランスが取れずにいる『それ』は、少年の背中から引きずり出されていた。 少年は、人形のような顔でレスターを見る。その顔に似つかわしくなく、大切そうに腕の中で 青年を抱えて。 「 」 口の形から、なにを言っているのかを読み取る。 「 」 オレハ ニンゲンニ ミエマスカ? 答を待たずして、それは飛び立った。後に残ったのは、死体の山と、ニアの姿。 体に負傷はないはずなのに、レスターは酷い傷を負った気がしていた。よろりと、危なげな足 取りで立ち上がり、かつての上司の傍による。 「あ ああ ああああ……」 彼もまた 絶望の、呻き声を発した 「すまない………すまない、すまない……」 ニアの傍に膝をつき、跪く様に項垂れる。 「こんな……こんなことに……なるなんて……」 少年はうっすらと目を開け、死神が飛び立っていった方向に眼球を向けている。 「望んでなかった……本当だ……信じてくれ……私は……こんなことは… こんな……ああ……ああああああ……!」 何故 そんなにもその死顔は 安らかに見えるのだろう 微笑んですらいるのではと思うほど、彼は穏やかに終りを迎えていた。 こうして、少年の痛みは、終わった。 意識が上手く纏まらない その死神は、ただ茫洋と己の世界を見つめる。 自分は誰なのか、何故ここにいるのか、胸に抱いている人間は誰なのか 世界は、暗闇に閉ざされていた。光はない。音は、人間が生きているという証の呼吸のみ 戻らなきゃ 何度もその言葉に行き着いては、又再び最初に戻る。そんな堂々巡りを繰り返しているうち に、世界が突然輝きに満ち溢れた。 まるで始めて世界に光があると知ったかのように、死神は目を細める。己は、何もない、広 大な砂地に座り込んでいた。羽をだしっぱのまま、人間を抱きしめていた。今はもう、死神の目 ですら見えないほど遠くなった『あの場所』から、誰も追ってこない。 「ん………」 腕の中の人間が、うめき声を上げる。地平線の向こうで出でた輝きが、青年の白い肌を照ら している。 ああ、そうか。朝か。死神が、その光の意味を思い出したとき、 「め……ろ………」 二文字の単語に、全てを思い出す。 自分は誰で、何故此処にいて、胸に抱いている青年は、誰なのかを。 戻ってきた。混乱した記憶が整頓された瞬間、歓喜が体を駆巡る。メロは自分の体を見下ろ した。変わってない。背中から……確かに、羽は出ているけれども……変わってない。人間 の、姿のままだ。感情は?ある。ある!悲しみ、怒り、絶望、そして月への想い。月の体が、や けに重く感じた。背中が痛い。ああ、痛い……。 なにも失ってない?メロは唇を震わせる。 逃げてこれたんだ。 なにも、失わないまま。 メロは月の体を揺らした。随分の間、意識を眠らせていた月が、その振動に目覚める。目の 前のメロをみると、すべてが夢であったのではと目を瞬かせ、小鳥のように首を嗅げる。 「メロ……?あれ……僕たち……」 メロは月の体を抱きしめた。そして、泣く。 「え?ど……どうしたの?メロ?メロ……泣いてるの?」 まだ状況が把握できていない月は、しがみ付いて泣き出すメロにおろおろした。メロはさら に、月にしがみ付く。 男のくせに、涙なんか見せて、かっこ悪い。それでも、とめることはできなかった。 ああ、やっぱり。 人間のままで、月と一緒にいたい。 月。 俺達は、全然、なんにも互いの話をしなかった。 そのせいで、結局あの、逃げ出したあの時から、一歩も前に進むことなくここまできてしまっ た。 俺 俺…… 月に、いろんなこと、話さなきゃいけない。 謝らなきゃいけない。 よかった 本当に、人間のままで 「月」 「……え?」 「ごめんな、月、俺、また」 「メロ?」 何故か月が、訝しげにメロの顔を覗き込む。メロは涙を払いながら、苦笑いして、 「話さなきゃいけないことが、たくさんあるんだ。 諦めかけてたけど、でも、もしかしたらって、期待してて よかった、ほんとうに、ほんとうに!」 「あの……メロ……ちょ、待って!」 更なる混乱を引き起こした月が、メロを引き剥がす。 「月?なに、どうしたんだよ?」 月の行動に疑問を感じているメロ。月は、できるだけ優しく、こう尋ねた。 「な……なにを言ってるの?」 「なにって、なにが…」 「僕の……分かる言葉で言って。ね?」 月の言っている意味が分かり、メロは言葉を止める。 「あれ?」 メロは、自分の頭を押さえた。そして、喉を押さえる。 彼が口にしているのは、死神の言語であった。 「あれ?どう、して?……あ……」 人間の言葉って どう 発するんだっけ? 「……メロ?」 突然、少年が己の皮膚に爪を立てた。ぴっと軽く切り裂き、本来ならば滲み出てくる血を待 つ。命ある者であれば傷口を治すべく出てくる体液は、発生しなかった。 メロはゆっくりと胸を押さえた。 まるで 中身が からっぽに、なってしまったような 「 !!」 そして死神の悲鳴が 朝日に照らされた荒野に響き渡った。
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