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背中を突き破った、それ
「あ」
明らかに、人ではない部分
「あ ああ あ」
なにもない。なにもない場所。なにもない世界。
死神界
「あ あああああああ!」
自分が、人ではないという証明が
背中を突き破って現れた
******
なにか嫌な夢を見ていた気がして、メロは目を覚ます。まだ真夜中だった。
しかし、目は冴えている。
「んー……」
ぼりぼりと頭を掻き、悪夢を思い出そうとするが、駄目だった。眠くもないし、することがなくて
月の顔を見る。
まだ、ニアに与えられた薬が抜けきらないのか、死んだように眠る月。身動きすらしていな
い。本当に死んでたらどうしようと、胸に耳を当ててみた。うん、ちゃんと生きてる。
月の胸に頭を押し付けたカタチで、しばらくメロは寝転がっていた。なんだか安心する。背中
に手を回し、抱きしめた。すこし汗ばむ月の肌が、心地好い。
安ホテルの部屋に、遠くで聞こえる車の音や、時計の音、隣の客の音などが、無粋に入って
くる。五月蝿くて、月の胸にもう一度耳を当てた。彼の寝息を聞き、彼の心臓の音を確かめる。 一定の音が、まるで子守唄のように再びメロをまどろませた。
空耳を聞き、メロが飛び起きる。なんだ?今の。周囲を見回しても、相変わらずあるのは時
計の針と客の音。心の中に、なにか、ざわめくような感情が生まれた。それは、今しがた感受し ていた安心をゆっくりと侵食し、けしてしまうような感覚だ。
記憶の鋭い断片が、脳内を突き刺すように、悪夢の声が現実となる。なんだ?五月蝿い。こ
んなの、必要ない。今、俺に必要なのは月なんだ。月だけ。月だけなんだ。
五月蝿い。
殺すなんて事、出来ない。
その時、ドアの向こうでなにかをまさぐる音がした。はっとそちらを向き、耳を済ませる。
無理矢理、誰かが扉をこじ開けようとしている。外には何人もの気配が。
人。
人間の、気配。
月を捕まえにきたんだ。彼を見る。まだ、心の傷に動けず、体力を消耗させた可哀想な人。
大切な、人間。
「五月蝿いな!」
耳を塞ぎ、怒鳴る。囁いているのは己だと知らず、メロは歯軋りをした。なんて五月蝿い記
憶。なんだこれ。俺は知らない。こんなの、知らない。
メロの怒鳴り声にも、月は気づいていないのか、未だ眠り続ける。メロは考えた。月を起こさ
ず、助ける方法。
全員殺すという選択もあったが、それではさすがにおきてしまいそうだ。仕方がない。動けぬ
月をシーツに包み、背中に意識を集中させた。
ずるりと、背中から突き出る翼。異形の羽。異様な感覚は最初の頃より少なくなった。痛みは
もうない。腕に抱きかかえた月は、その羽の気配に少しだけ身じろぎをした。
扉の鍵が、かちりと開く。それを視界にいれ、窓を開けた。その音に反応して、防護服を着た
捜査官達が一斉に突入した。
狭い部屋。せいぜい4畳半。捜査官達には、シーツをドレスのようにはためかせた青年が、
宙に浮いて眠っているようにしか見えないその光景。衝撃の回復は、死神がいるという情報に よっておもったよりも早く、銃を構えた。メロは翼を翻す。
文字通り
その、翼の切っ先が
銃を持つ男の腕に触れて
人の一部が、舞う
悲鳴
悲鳴
悲しい、鳴き声
それは男の口からと
自分の記憶から、発せられた
「五月蝿いな……」
翼の温度よりもさらに低い声音で呟き、窓から飛び降りた。
後ろで、人間たちの騒ぐ声が聞こえる。無私だ無視。翼についた血を振り払っても、なかなか
落ちなかった。夜の空は肌寒く、月が凍えないようにしっかり抱き、上空を舞う。
シーツ越しから、月の体温が伝わる。暖かい。人の体温。心臓の音。殺させない。誰にも。ニ
アにも。
自分にも
******
メロが目覚めた時、初めに強く感じたのは憎しみだった。
なにもない荒野
たった一人で地べたに座り、意識が回復するまで灰色の空を見ていた。
殺してやる
殺してやる
夜神月
お前のせいで
自業自得だといわれればそれまでだが、死を突きつけられ、なにもない荒野の真ん中で死神
として自覚した少年には、すべてを受け入れることは不可能だった。ただ、原因となったあの男 をコロシテヤルと口の中で呟き、様々な痛みから目を逸らしていた。
その時だ
背中に、なにか違和感があった。
羽?そういえば、死神には羽があると聞いた。思わず、泣きそうになる。自分の背中に、別
の何かがつけられる恐怖。恐る恐る、背中に手をまわした。刹那、ざくっと指先が『なにか』に 触れて切れる。慌てて手を引っ込め、振り返った。
そこにあったのは
剣
白刃
喉の奥で悲鳴をあげ、震えた。何故?何故、このようなものが?
「あ」
これは罰か。人の命を見下し、友人を憎み、人を殺した罰なのか?この翼はなんだ?背中
の痛みは?わかってる。夜神月のせいでないと分かってる。しかし、だったら何故神は、あの 男にも同じ罪を背負わせない?
「あ ああ あ」
いやだ。こんなの、こんなこと、こんなもの、嫌だ。なりたくない。死神なんかになりたくない。
「あ ああああああああ!」
なりたくなんか
ない
******
「月……」
全てに蓋をし、幸せそうに笑う死神は、殺すはずだった青年を抱きしめる。
「守って……あげるから……」
ん!
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