MURAKAMI様から頂きました!











なにか






 月

 ねえ、月?

 オレ、月のこと、ダイスキだよ。

 月が、やっちゃ駄目っていうなら

 オレは、人間を殺さないよ?

 ころさなければ いいんだよね?

 月

 月、カワイソウ

 こんなに、キレイなのに

 人間に、生まれてきてしまったせいで……







 「……ろ……メロ……メロ?」
 月に呼ばれ、俺ははっと目を覚ました。いけない、眠っていたんだ。慌てて首を振り、心配そ
うに覗き込む月に笑いかける。
 「ぁ……ごめん……月……どうした?」
 「いや……今……なにか言ってた気がするんだけど……」
 月が一瞬口篭り、一言では言い表せないような不安を顔に出す。それでも、俺に心配かけま
いと、月は首を振って笑った。
 「ううん。ごめんね、気のせいだと思う。……もう、寝るね?」
 ホテルの部屋から見える窓の外は、真っ暗で何も見えない。光の加減で、俺の顔が見えるだ
けだ。
 「ん……おやすみ……電気、消すか?」
 月は首を振った。暗闇が怖いのかもしれない。
 俺は月の傍にそっと座る。それを確認した月は、安心したように目を細めて、そのまま閉じ
た。月の呼吸が寝息に変わり、やがてそれは規則正しくなる。俺はもう一度、窓に映る自分を
見た。
 どれほど時間が過ぎようとも、変わらぬ姿。人でない証拠。俺が月の背を越すことはないだろ
う。俺は少しだけ悔しくて、唇を尖らした。布団の中に手を潜り込ませ、月の細い指と絡める。
 「月……」

 カワイソウ……

 再び、はっとした。口元を自分の手で塞ぐ。俺は今、なんと呟いただろうか?
 そういえば、今しがた見た夢も、悪いものだった気がする。手をどかしたら再び、自分ではな
い『なにか』が喋りだしそうで怖かった。ゆっくり手元を滑らせ、今度は何事も無い事を確認す
る。指先で唇をなぞり、勝手に動かないことを確かめた。
 俺はまだ、人間だよな?もはや口癖になったその言葉を、脳裏で繰り返す。俺は人間のはず
だ。月のことを、愛している。慈しんでいる。生きていたいと、生かしていたいと、願う。
 でも、時々、なにかがおかしくなる。
 それがなんなのか、よくわからない。なにがおかしくなっているのか、まったく理解できない。
間違えていないはずなのに、俺の知らないところで、再び浮上してきた悪意ある意識が、少し
ずつ表面化したように思えた。
 まさか、そんな。俺は首を振る。そんなことが、あるはずがない。俺は恐る恐る、窓を見る。
己の姿を確認した。息苦しいような恐怖に、立ち上がってカーテンを閉めようとする。
 視界の隅で、なにか良からぬものが動いたのは、その時だった。
 俺は、動いた先を凝視する。ニアが死んでから現れなくなった『怖い人たち』。月のことを傷つ
けて、壊そうとする人たち。俺のことを、捕まえようとする……人間。

 ころしちゃえ……

 地上深く掘られた穴の底から、そっと小声で言われたように、その酷い言葉は俺の頭に響
く。俺は首を振る。なにを考えているんだ、俺は。駄目なんだ。だって、月が殺しちゃいけないっ
て言ったから。俺はそれを、約束したんだから。それに……俺だってもう……人を殺したくなん
か……

 うそつき

 「メロ」
 脳内に響く声と、月の声が重なった。俺の体は、見て取れるほど憐れに震えたんだと思う。い
つの間に起きたのか、月の手が、そっと俺の肩を抱いた。
 「……いるんだね?外に……」
 「らぃ……と……」
 縋るように、俺は月を見上げた。月は頷いた。
 「逃げよう。」




 果たして逃げ切れるのだろうか。俺達はしっかりと手を繋ぎ、非常階段を駆け下りた。裏口に
回れば街中の路地に出るはずだ。表通りまで出れば、追っ手も追いつけないはず。荷物で塞
がれている非常口をなんとか出れるようにしていると、追っ手に見つかったらしい。遠くで、ば
たばたと駈ける音が聞こえた。
 「月!どけ!」
 俺はドアノブを掴むと、力任せにその扉を開けた。人間離れした強靭な力はあっさりと扉をぶ
ち破り、月を外へと導く。月と手を繋ぎあって後ろを振り向けば、スーツを着た白人らしき男数
名が大慌てで追ってきた。たぶん、この国の人間ではないだろう。俺達は走り出した。
 ドアを開ければすぐ路地で、ゴミ箱を漁っていた猫が慌てて逃げ出した。寂れた裏路地は人
気がなく、俺は人の気配がするほうに月をひっぱる。路地を曲がった所で、仲間らしき捜査員
の男が飛び出してきた。銃を構えてきたので、俺はそれを力いっぱい払い除ける。男の手が、
妙な方向に曲がった。悲鳴があがる。走る俺達の後姿に、罵声が上がった。
 灰色の建物が並ぶ街は迷いやすく、俺達の追いかけっこはしばらく続いた。絡めた指先が、
じっとりと汗ばんだ。俺は背後から迫る気配に、思わず叫んだ。
 「月……!駄目だ!追いつかれる……やっぱり……!」
 ………『やっぱり』?
 ……やっぱり、どうするつもりなのだろう……俺は……
 「だめ……メロ……逃げるんだ……逃げられる……お願い、がんばって?」
 辛いのは月のはずだ。恐怖で動かぬ筋肉を酷使し、半ば泣きながら俺の手に引かれてい
る。だから、そんながんばってだなんて言わないでくれ。そんな泣きそうな顔をするな。

 オレが、がんばるから……

 「月……」
 大丈夫だよというために、振り返ったその刹那。
 月の体が、一瞬、痙攣を起こす。大きく仰け反り、目を見開いた。繋がった手はそのまま、汚
れたアスファルトに崩れ落ちる。
 「ぁ………」
 慌てて支え、月を抱きしめてみれば、彼は脇腹の一部を負傷していた。触ってしまった掌に、
ぬるりとした液体が塗りたくられる。闇夜の中でも光るそれは、咽返る様な死の臭いだった。
 「ぁ……らぃ……」
 撃たれた月は焦点があっておらず、それでも絶対に放さないと主張するように、俺の手をしっ
かり握っていた。
 しっかりしろと呼びかける間もなく、銃器を構える音が頭上から聞こえた。数名の捜査員が、
俺達のことを……正確には、月の手足を、発射音制御器を取り付けた銃で狙っている。
 「キラだな……」
 「死神はどこだ?」
 俺ならここにいる。叫んでも聞こえないもどかしさに、俺は歯がゆくて月の体を抱きしめた。だ
から言ったんだ。逃げても無駄なんだ。だから殺せば……
 ………俺はまた……なにを?
 「連れて行け。」
 一人が命じた声に、月を拘束しようと数名が近づく。
 「やめろ……」
 俺は首を振る。やめろ、やめてくれ。懇願しても、声は届かない。
 「やめろ……やめろよ!」
 「めろ……?」
 月が俺に寄りかかりながら、訝しげに名を呼ぶ。俺はついに叫んだ。
 「やめ……やめてくれ!頼むから……触らないで……月に触らないで!傷つけないで!
 そ、そうしないと、俺……おれは……!」
 「メロ……?どうしたの……?」
 月の声に反応して、周囲の男達も困惑する。
 わからない。
 わからないんだ。
 ただ、俺の内側から、俺ではない『なにか』が月を守ろうとしている。
 「俺は……あんた達を……こ、ころさなきゃ……」
 「メロ……だめ!」
 月の声が、妙に遠くから聞こえたように思えた。
 大切なモノを守る動物のように、俺の内側の何かは、俺に訴える。
 殺せと。
 俺が震えている間にも、男の一人が月に手を伸ばした。俺の意識が、そちらに向く。
 「いやだ」
 お願いだ
 もう、これ以上
 月に
 触らないで
 傷つけないで
 「いやだ……月……どうしよう……ねえ……俺……オレ……ころさないよ?殺さなければい
いんだよね?殺さなければ、許してくれるよね?ねえ、月?いいだろう?ちょっと、ごめんね。
月、眠ってて?殺さなければ、いいよね?ねえ?いいよね?いいよね?」
 ……………………。
 今
 月に訴えているのは
 …誰?
 ………俺?
 「めろ……!」
 「いいよね?怒らないでね?月?」
 笑顔で、そう尋ねているのは
 俺?
 そして、男の手が、月の二の腕を掴むのと同時に、俺は表情を消した。
 「月に触るな。人間。」






 ねえ?

 殺さなかったよ?

 オレ、がんばったよ?

 エライ?

 エライよね?

 だから、褒めて?

 ねえ、褒めて褒めて!

 オレ、役に立つよ?

 役に立ったんだよ!

 人間なんかよりも

 ずっと……

 ずっと…

 ずっと






 耳障りな金属音に、俺は目を覚ます。
 その音の出所は、なんてことはない俺の背中から生えた翼の音で、いったいいつの間に羽を
出したんだろうとぼんやり考えた。
 次に、月の姿を探した。やっぱり、これもなんてことはなく、俺の腕の中でしっかりと抱かれた
て眠っていた。
 膝の裏と背中に手を回して持ち上げても、月というのは本当に軽い。だが、今日は一段と軽く
思えた。彼の皮膚は青白く、不規則に呼吸を繰り返していた。よく見れば脇腹から出血して、そ
の流れ落ちた液体分だけ軽くなったような気がして、俺は恐れ戦いた。どれほど、血を流した
のだろう。
 そして、血を流す原因を思い出して、俺は周囲を見回した。
 暗闇の中、微かに聞こえる人間の呻き声。なんで自分がこんな目にあわなければいけない
のか、理不尽な痛みは食いしばった口から痛みを訴えている。
 頭の芯が未だにぼんやりとしていて、俺はどこか、少しだけ遠くからこの状況を眺めているよ
うな気になった。だがこの現実を作ったのは紛れもなく俺で、再び月との約束を破ったのも俺
で、でもよくよく見てみれば死者は出ていない。そんな神業的攻撃をした俺を喜ぶオレがいる。
手を叩き、子供のようにはしゃいで、月からの褒め言葉を待っている。
 一体俺は、どうしてしまったのだろう。月を抱き、震えた。なにが起こったのか分からないとい
うよりも、俺の中で確実に変わりつつ何かに、俺は泣き叫びたかった。人間である部分が、人
ではない神の意識に必死で抗ううちに、歯止めの利かない『なにか』へと変貌を遂げたかのよ
うな恐ろしさを味わった。自己制御できない感情が爆発して、その間の意識がぽっかり抜けて
しまったようであった。
 俺が怯えている間にも、内側の『なにか』は確かに喜びを感じている。俺がいま表にだしてい
る感情は作り物で、本当は月を守ることに悦びを感じているのが本物なのだと『なにか』は訴え
る。
 「月……」
 月の胸に顔を埋め、俺は泣いた。
 「ごめんなさい……」
 それでも俺の奥底では、
 確かに、人を傷つけることへの喜びが存在していて。
 俺は。
 どうなって、いくのだろう……。

 









MURAKAMI様から頂きました!死神メロシリーズです!
ありがとうございました!ssのほう、つけさせていただきました!
あれ……なんか……謎を残したまま終わった…?す、すみません(汗)

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