親愛なる死神へ

 もしもし?ハロー?コンニチワ?
 そちらの調子はどうですか?晴れですか雨ですか、むしろ雲はありますか?暇ですか?退屈
ですか?僕のほうはあいも変わらず、このくそったれの世界で暇をもてあましています。


行く当てのない手紙  上



 気だるい体を起こして、彼は目覚まし時計を手に取った。9時19分。いくら休みとはいえ、彼
にとってこんなに遅くまで寝たのは久しぶりだった。そう、彼にとっては。
 最近、どうも生活が乱れている。月はぼやきながら布団から這い出た。そして普段着のまま
寝ていたことに気がついてぺちっと額を叩く。そうだ昨日は『彼等』と飲み会に行ってたのだ。
 ふと、彼は何かを探した。いつもはついて回る『アレ』がいない。
 「リューク?」
 返事はない。月はまだぼんやりする頭で部屋を出た。たまたま同時に隣の部屋が開く。妹の
粧裕だった。月よりも数段呆けた顔で、ふらふらと階段を下りる。2,3段降りたところでくるりと
兄に体を向けて、
 「あ、おはよー、おにーちゃん。」
 「お早う。粧裕、僕昨日、何時に帰ってきた?」
 「え〜、わっかんな〜い。またお兄ちゃん、飲み会行って来たの?」
 一緒に階段を下りながら、月は顔を引きつらせ、
 「ま…まただなんてそんな…」
 「最近いっつもそうじゃん?お父さん、怒ってたよ?」
 「マジ?」
 「マジ。」
 リビングに入ると、ベーコンの焼ける匂いがした。キッチンには母が、テーブルには父の総一
郎が座って新聞を広げていた。月の姿を見つけると、ちらっと見て、
 「月、ずいぶん昨日は遅かったな。なにをしてたんだ?」
 月はバツが悪そうに視線を彷徨わせ、
 「あー…えっと、竜崎だよ。ほら、あいつ久しぶりにイギリスから帰ってきたろう?だからさ、そ
の、ミサとか松田さんとか集まって、じゃあ飲みに行こうか…みたいになって…だって、竜崎が
まだ帰っちゃダメだっていうからさ…それで……」
 『竜崎』という名前に、父が少しだけ眉をひそめた。そしてまた新聞に目を向け、
 「……今度からあまり遅くならないようにしなさい。」
 「あなた。竜崎さんの名前をだすといっつも許して……月、今度からは電話を入れないさい。」
 母が困った顔で月に言う。彼は『ごめんごめん』と笑いながら、リビングを見回した。そしてソ
ファで寝ている妹に、
 「粧裕、リューク知らない?」
 「ここにいるよ。」
 粧裕がソファの隅から黒い塊を拾い上げた。にゃあ、と鳴き声を上げて、一匹の黒猫がもが
いている。ぱっと月は笑顔をこぼし、
 「リューク、僕のベットにいなかったからびっくりしたんだぞ?」
 粧裕の手から抜け出して、猫が月に駆け寄る。挨拶だというように、足に擦り寄った。月はそ
んな猫を拾い上げ、喉を掻いてやる。気持ちよさそうに、猫はおとなしく彼の腕の中に納まっ
た。
 父はそんな黒猫を、じっと横目で見つめる。
 リュークは金色の無垢な瞳で、じっと月を見つめる。



 こちらは退屈で死にそうです。お前はどうですか?寿命をとり忘れて灰になったりしてません
か?林檎の食べすぎはしてませんか?僕のこと忘れてたら殴ります。彼女とか作っていても殴
ります。



 「遅い……」「遅いね……」
 池袋駅付近、60階通り、ファーストフード前、冬の寒空、快晴なり。
 街はクリスマスシーズンを迎え、煌びやかに輝いていた。平日だというのに波のような人ごみ
を見つめながら、いらいらと月は腕時計を睨む。ミサは身に着けているゴスルックのフリルをい
じりながら暇を潰していた。
 12時待ち合わせといったのに、待ち人は来る気配なし。仕方なく携帯を取り出し、電話をか
ける。
 『はい……』
 数回のコールで、相手が出た。月はめいいっぱい不機嫌な声で、
 「やあ、竜崎君、またなにかお仕事が入ったのかな?僕等は待ち合わせ場所でもう30分待
っているから殴られたくなかったら今すぐ来い。」
 『ここ、広すぎるんですが……どうしたらいいですかね?』
 「どこにいるの?」
 『60階通りまできました。』
 「なにが見える?」
 『赤い看板のファーストフード。』
 「あ。」
 「『あ。』」
 くたびれた上着に猫背の背中。見慣れたその人物に月は近づき、まずは一発殴る。相手は
無表情で頭をさすり、
 「お久しぶりです、月君。」
 「昨日あったばっかりだろ。」
 「でもお久しぶりです。」
 「ちょっとミサも待ってたんだけど。」
 「ああ、ミサさん。また会いましたね。」
 「なんなのよ、その違い!」
 「あー、もう、いくぞ。二人とも。」



 でも、これでも怒ってなんかいないんですよ。もう嘘つきだなんていいません。裏切り者なんて
罵りません。負けず嫌いの僕が許すなんて、お前は世界一幸せな死神ですね。



 「なあ、これから何処行く?」「ご飯食べに行かない?」「そうですね。」
 「じゃあ松屋。」「ミサ、マクドナルド。」「ミスドがいいです。」
 「「「………じゃーんけーん……!」」」



 だからだから、僕の所に帰ってきてください。



 「ドーナッツ、僕この間食べたばっかりなんだよね……。」「ミサも。」「私は久しぶりです。」
 「むしろ竜崎がミスタードーナッツを略せたという事実がびっくり。」「ミサも。」「……………。」
 「月君、お父さんはどうしてますか?」
 「めでたく就職が決まったよ。そういえば、松田さんはどうしてる?」
 「マッツー、うちのミサ専属のマネージャーになることがめでたく決まりました〜」
 「月君は相変わらず、就職先の変更をする予定は?」
 「ないね、僕は警察官になる。」

 「ならできれば……もうキラの事件には関わらないようにしてください。」

 「やだね。」



 ノートはいりません。帰ってきてくれるだけでいいです。でもできればノートもほしいです。ウサ
ギは寂しくて死ぬといいますが、僕は退屈で死んでしまうんですよ?



 「あれ、ノート売り場そっちだっけ?」「私は本を見てきます。」「じゃ、ミサ、月についてく。」
 「ついでにペンも買っておこうかな……」「ねえ月。」

 「また黒いノート買うの?」

 「え?うん。なんとなく……好きなんだ。黒いノートが。」



 お前だって退屈だろ?そうでもないの?



 「ミサの新しいマンションって、広いの?」「広いよ。皆で鍋パーティーするぐらいは。」
 「ちょっとまだ帰るのに早いね。」「ミサさんが料理を失敗する時間を考えればこのくらいは…
…」「なんですって!」
 「ちょっとスーパー寄ってく?」「マッツー、何時に来るの?」「6時ぐらいですかね。」


 月はふと、本屋の店先に陳列する新聞を見た。
 『あれから一年!キラの犯行が止まった今、犯人はど』
 それ以上はほかの新聞が邪魔で見えない。手に取ろうとすると、後ろから誰かが押した。
 「月君、いきましょう。」
 そのまま、他の人の手によって、彼は押し流されていく。


 「だれ!?大量にポッキーカゴの中に入れた奴は!」「ミサ知らない。」「………………。」
 「竜崎……」「そいういう月君はポテチ、コンソメしか入れてないじゃないですか。」
 「鍋の素、なににする?」「普通でよくない?」「キムチにしましょうよ。」
 「「………。」」「なんですか?」
 「竜崎、無理はするな。」「そうよ、竜崎さんのだけチョコレート味入れてあげるから。」「あんた
らは私をなんだと思っているんですか?」

 「そういえばさー。」「なに?ミサ。」
 「月って竜崎と松田さん、二人と付き合って本当?」
 ぶっ
 「な、な、な、なにいいだすんだミサ!」「本当ですよ。」
 「竜崎!!」「マジで!?月、二股かけてたの!!」「そうですよね、月君。むしろ、現在進行
形です。」「うわ!ミサだってやったことないのに!」
 「竜崎ー!!!!」



 っていうか、僕ばかりが質問してますね。これじゃ、いつもと立場逆転。さっさと帰って来い。も
う、五月蝿いなんていわないから。



 「ここがミサのマンション〜!」
 男二人に荷物を持たせ、ミサはぴょこんとマンションの前で跳ねた。池袋の繁華街から少し
離れた所に位置するそれなりの大きさのマンション。入り口に、へとへとになった男が一人立っ
ていた。
 「あー!!僕が材料買ってきたのに、なにまた買ってきてるんですか!?」
 松田だった。ミサは呑気に手を振り、
 「あ、マッツー!早かったね!今、鍵開けるから〜」
 「まったくもう……、あ!月君!なに買ってきたの?」
 「お菓子とか、お酒とか。あ、鍋の素買ってきちゃった。」

 「だーかーらー!お餅は後!さき入れちゃったらどろどろになるよ!」
 「それがおいしいの!月ってば、鍋奉行になってる!」
 「あれ?ビールは買ってきてくれなかったんですか?」
 「松田さん。お宅、車でしょう?」
 「竜崎、そっちの皿、とって。」「チョコいれる?」「闇鍋じゃあるまいし。」「暗くしてみます?」
 「コップもうないの?」「あ、こぼした。」「はい、コップ。」「なんか余りそうですね。」
 「だー!布巾、布巾!」「ビデオ見よー。」「ねえ、月君、」「リモコンこれですか?」
 「なんですか?松田さん。」

 「楽しい?」

 「? 楽しいに決まってるじゃないですか。」



 僕は優しい嘘つきたちに囲まれて、幸せな生活を送っています。でも、お前がいない幸せな
んて、火のついてない蝋燭のようなもの。



 混沌とした会話の中、チャイムの音で一瞬それは静まった。ミサが立ち上がり、廊下を駆け
る。覗き穴を覗き込むと、彼女の体が強張った。しかしそれも一瞬で、笑顔で扉を開ける。
 「やっだー!相沢さんじゃん!おひさー!入って入って!」
 相沢は、すこしだけ引き攣った笑みで買ってきたビールの袋を見せた。

 「皆ー、相沢さんがきたよー!」
 松田が眉をひそめ、Lが傾けていたカクテル缶をぴたりととめた。月だけが笑顔で立ち上が
り、
 「あ、来てくれたんだ!僕が呼んだんだよ!あれ、言ってなかったっけ?」
 周りを見回す。松田もミサもLも、固まった表情をすぐに隠し、
 「松田さん、久しぶりですね!」「もう食べるのないかも。」「一年ぶりですね。」
 相沢は、そんな彼等をじっと見てる。



 そちらの天気はどうですか?曇りですか?雪ですか?むしろ宇宙はありますか?
 今の僕はあいも変わらず、自分の罪を思い出さず、のうのうと生きています。
 どうかどうか…………



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